【原作寺院設定】



「三蔵っ!」

叫び声とともに、パコンというコミカルな音がした。
反射的に振り返った三蔵は、思わぬところにいた妖怪に至近距離から銃弾を撃ち込む。
もんどりを打って倒れる妖怪のそばに靴が片方落ちていた。

ほんの少し眉をしかめ、靴を拾い上げる。
あたりを見回すと、襲ってきた妖怪の一団は地面に倒れ伏すか、逃げてしまったかしたようだ。
ふぅ、といった感じで、大きな岩に座りこむ悟空だけが、動くものとして目に映った。
近づいていくと、三蔵の方を見。

「腹減った……」

予想通りの言葉がかけられた。
長安の街へ行く途中のことだった。
この日は朝から街に出る予定だったのが、急ぎの仕事を突っ込まれ、出かけるのが昼近くになっていた。
そのうえ、途中で妖怪の一団に襲われ、さらに時間がたってしまったのだから、悟空でなくてもそう言いたくもなるだろう。

「街に行くまで我慢しろ」

三蔵の言葉に悟空はひどく情けなさそうな顔をするが、それ以外に方法はない。
もう一度、悟空は大きく息を吐き出し、立ち上がろうとするが、突然、なにかを思い出したかのような表情になった。
悟空が見ている先は靴を履いていない自分の足。
それから顔をあげると、にっこりと笑った。

「はい」

足が三蔵の方に少し差し出される。
にこにこと笑っている様は、小さい子供が靴を履かせてくれるのを待っているようで――他意はないのだろう。
だが。
可愛らしいとしか表現できない様子に、三蔵は微かに溜息をつくと、悟空のそばに片膝をついた。

「えっ?」

びっくりしたような声があがる。
やってはみたものの、まさか本当に履かせてくれようとは、思ってもみなかったのだろう。
少しは慌てるといい――。
そんな意地悪な気持ちになり、三蔵は構わず悟空の足を持ち上げて、法衣の袂で泥のついた足を拭う。

「ちょ…っ、三蔵っ、汚れる」

足を引っこめようとするのを、引き留める。
視線をあげれば、どうしたら良いのかわからない――といった表情が見えた。
いまにも泣きそうな――。

靴を履かせようとしていた三蔵の手が止まる。
そんな表情にふと、もういい加減良いのではないだろうか、と考える。
子供じみた好意を向けられるだけでは――――……。

「……さんぞ?」

じっと見つめていれば、戸惑ったような――だが、なにかを察したのか、微かに震えるような声がかかる。
構わず見つめ続け――見つめ続けたままで、三蔵はそっと顔を近づけて悟空の足の指に触れた。
――唇で。

「さ、さ、さんぞっ!」

みるみるうちに真っ赤になる悟空を、三蔵は静かに見つめ続けていた。





笑ってくれてたら、良かったのに。
あのとき。
いつものように、意地悪そうな笑みを浮かべてくれていれば――。
そしたら、単にからかわれてるのだ、と思えた。

だけど。
ただ三蔵はじっとこちらを見つめているだけで。
いつもなら綺麗――と思える紫暗の瞳が……なぜか、怖くて。
いつもとは違っていて――。

それで――。