01:噂


暖かな日差しが心地良い、大学のオープンテラスのカフェ。
カフェといっても大学のことである。街中にあるような洒落た感じではなく、セルフサービスで、喫茶以外に昼時にはご飯のついた定食セットも扱っている。
オープンサンドとコーヒーの乗ったトレイを手に、なるべく人の少ないところに席をしめた三蔵は、隣に近づいてきた人影を認め、少し不機嫌そうに顔をあげた。
「ご一緒させていただきますね」
にっこりと人当たりの良い笑みを浮かべて、八戒が言う。
していいですか、という問いかけではない。三蔵が答える前にさっさとその前の席にトレイを置いて座った。
「なんだ、三蔵、それだけか? 相変わらず少食だな」
特A定食(本日は豚の生姜焼き)ご飯大盛りが乗ったトレイを置き、悟浄がドカッと八戒の隣に腰かけた。こちらも断りはない。
綺麗すぎる容貌で男女関係なく人を惹きつけるくせに、三蔵は基本的に人嫌いである。
というよりも、三蔵の場合、人を惹きつけるがゆえに人嫌いになった、といった方が良いかもしれない。幼少の頃からその容貌のせいで、これまで幾度となく面倒な人間関係に巻き込まれてきたのだ。
人に構われるのは大嫌い。
なのだが、ごく少数の例外がいる。
その例外が目の前にいるふたりだった。
といっても、他の人間だったら席を立って移動するところだが、このふたりだとそうではない、くらいの差であって打ち解けているわけではないのだが。
「そういえば、悟空、女の子と付き合い始めたんですって?」
器用にフォークを操って、パスタセット(本日はアラビアータ)のパスタをくるくると巻きながら何気なく八戒が言った。
「あ?」
と、鞄のなかから自分用のマヨネーズ(お弁当サイズではなく小さめの普通サイズ。ただしカロリーハーフ)を取り出した三蔵の手が止まった。
あらゆることに無関心なくせに、コト『悟空』のこととなると途端に反応を示す。
話題を振った八戒は、内心で笑みを浮かべた。
「へぇ、良かったじゃん。これでやっと『弟離れ』ができるな、『お兄ちゃん』」
にやにやと笑いながら悟浄が合いの手を入れる。
「るせぇよ、河童。それにどっちかってぇと、『兄離れ』だろうが」
悟空は三蔵の弟である。
お兄ちゃん、お兄ちゃんと纏わりつく悟空。
端から見れば確かに悟空はお兄ちゃん子なのだが。
「三蔵、マヨネーズ、すごいことになってますよ」
八戒に言われて、オープンサンドにマヨネーズをかけていた三蔵の手が、はたと気づいたように止まった。
具よりも多く、てんこ盛りになっているマヨネーズが三蔵の動揺を示しているようで。
時折、そのポーカーフェースを崩してやりたい衝動に駆られる八戒は、今度は笑みを表情に出した。
「にしても、八戒、その噂、どこで聞いたんだ?」
「従兄からですよ。ほら、悟空の学校で先生をしてる」
「あぁ、じゃあ、かなり信憑性はあるな。お兄ちゃん、全然知らなかったの?」
悟浄の問いかけに、むっつりと押し黙って三蔵は答えない。
他人のことどころか、自分自身のことにも頓着しない三蔵が唯一関心を示す存在。
それが弟の悟空で。
表面しか見ない者にはわからないだろうが、八戒や悟浄からしてみれば、どちらかというと構いすぎなのは三蔵の方だと思っていた。
もっとも悟空は構われて嬉しそうにしているので、とやかくいうことでもないのだが。
「お兄ちゃんに内緒で彼女を作るなんて、意外とやるねぇ」
悟浄の言葉に、ガタンと三蔵は席を立ち、ほとんど手をつけていないトレイを持ってスタスタと食器の下げ口に向かう。
その後ろ姿を見送りながら、八戒と悟浄は苦笑じみた表情を交わした。