柳は緑 花は紅 (0)
ここ二、三日、周り中がバタバタしているのは感じていた。
新年、というものが来るらしい。
お迎えとかなんとかいってたので偉い人でもくるのかと悟空は思ったが、それにしてはなんだか様子が違う。
どういうわけか、日に日に不機嫌度を増している三蔵に、そっと聞いてみると、人ではないといわれた。
年が改まる、のだそうだ。
そういえば『暦』というものがあって、今日は何月の何日というのをいってるよな、と悟空は改めて感心したように執務室に置いてある来年の暦を眺めていたところ、偉そうな坊さんが入ってきて、ここにいたのか、といわれた。
てっきり三蔵がいないのに執務室にいることで、小言をいわれるかと思ったのに、いわれたのは、新年の行事が終わるまで外には決して出るな、ということだった。
ここに妖怪の子供がいると知れたら、訪れる人たちが怯えるから、絶対に人の前には姿を現すな、と何度も念を押して、その坊さんは出ていった。
が、それでその話は終わり、というわけではなかった。
それから何人も何人も偉そうな坊さん達が、入れ替わり立ち替わり悟空のもとを訪れ、似たようなことを何度も何度もいわれた。
何度もいわれているうちに――。
「どうした」
部屋の隅で小さくなっている悟空に、三蔵は声をかけた。
「さん……ぞ――」
顔をあげた悟空の瞳が真ん円に大きく見開かれる。
「なんだ? 間抜け面して」
訝しげな表情で、三蔵は悟空のそばに寄る。
サラサラと衣擦れの音がするのは、いつもよりも余分に服を重ねて着ているから。それは防寒というよりも。
「きれぇ……」
ほけっとした表情のまま呟いた悟空に、三蔵は眉間の皺を深くする。
「動きにくいし、邪魔なだけだ」
「で、も……」
すごく綺麗。
悟空は三蔵に向かって手を伸ばすが、その手は途中で止まる。
途方に暮れたような表情をする悟空に、三蔵は軽く溜息をついた。
いつもの小猿と反応が違う。
『綺麗だ』なんだといい出すときは、キラキラと目を輝かせて触れてこようとするのだが。
「どうした?」
「えと……」
困ったような表情のまま、悟空はいい淀んだ。
途中で止まったままになっている腕を三蔵は掴む。
「ちゃんと声に出していわないと、伝わらないぞ」
その言葉に悟空は大きく目を見開き、三蔵を、それから掴まれた腕を見る。
『伝わらない』ということは『伝えるべき相手がいる』ということだ。
悟空は笑みを浮かべた。
ここにはお前などいないことになっている。人前には出るな。
そんなことをいわれ続けて、自分の存在自体があやふやなように思えてきたのだけれど。
三蔵がいる。
三蔵が見ていてくれる。
「なんでもない。大丈夫。それより三蔵はこれから仕事?」
「あぁ、そうだ。一晩中帰ってこねぇから、先、寝てろ」
「うん、でも……」
「明日の昼ごろまでは帰ってこれねぇ。どうせお前は起きてらんねぇだろ」
三蔵が仕事をしているのに、寝てていいんだろうか。
そんな考えが顔に出ていたらしい。
三蔵は悟空の腕を離すとくしゃりと悟空の髪をかきまわした。
「ちゃんと寝ろよ」
そういって三蔵は執務室を出て行こうとする。
「さんぞっ」
その背に悟空が声をかけた。
「いってらっしゃい」
三蔵は振り返って、改めて悟空を見た。
『いってらっしゃい』のつぎは『おかえりなさい』
それは『帰るべき場所がある』ということ。
「あぁ」
三蔵の唇に、滅多に浮かばない笑みが微かに刻まれた。