柳は緑 花は紅 (59)


悟空は枕をぎゅっと抱きかかえて寝台に座り、三蔵が着替えをするのをじっと見ていた。
いつもの三蔵法師の正装ではなくて、なんだか煌びやかな衣装を纏っていく。

それはすごく綺麗だけど。
でも。
すごく遠い気がするから、ちょっと嫌だ、と悟空は思う。

去年初めて、この衣装を纏った三蔵を見た。
あまりに綺麗だったからもっと見たいと思って、絶対に近づくなと他の僧たちから釘を刺されていたけれど、実はこっそりと本堂を覗きにいった。
磨きたてられた本堂のなかは、いつもとは違う仏具とかが運び込まれてて、キラキラと輝くばかりだったが、そのなかでも一際鮮やかだったのは、三蔵の姿だった。
眩いくらいに綺麗だった。
でも同時に、とても遠い存在のように見えた。

天に選ばれし者。

三蔵の名は――三蔵という称号は、そういう意味なのだとだれかから聞いたことがあるが、それが本当なのだとそのとき初めてわかった。
寺院の僧たちに『三蔵』のありがたさをくどくどと説かれても、いまいちよく理解できなかったのだが、でも、この姿を目の当たりにして、ようやくそれがわかった。

そして、自分とは違うのだと。
不浄とされる自分が触れて良いものではないのだと、思った。

だけど。
三蔵は手を伸ばしてくれるから。

ぎゅっと、悟空はますます強く枕を抱きかかえた。

「なに難しい顔をしてる」

着替え終わった三蔵が悟空に近づき――手を伸ばして、髪をくしゃりとかきまぜる。
悟空は一瞬、きょとんとした顔をして、それから枕を離して頭に手をやった。
徐々にその顔は綻び、えへへ、というように笑う。

「なんだ、気色悪ぃな」
「むぅ」

三蔵の言葉に口を尖らせるが。

「さんぞ」

すぐにそんな表情は消え、恐る恐る、といった感じで悟空は三蔵に向かって手を伸ばす。
拒絶されるのを恐れているような、そんな感じで。
そうしながらも、しばし躊躇うように視線を泳がせていた悟空は、やがて意を決したかのように三蔵を見た。

「あの……ぎゅって、してくれる?」

そうすれが、こんなにも遠いと感じているのが消えると思うから。
三蔵が遠いのは――すごく、淋しい。
本当は行ってほしくない。
そんな想いで三蔵をみつめる。

ふっと三蔵は短く溜息をついた。
頭のなかで、悟空が『行くな、淋しい』と訴える聲が響いていたので。
悟空は普段はまったく意識していないし、忘れているのだろうが、その感情は三蔵の内に響くのだ。
どうしても無視できぬものとして。
そのうえ。

――その顔は反則だろう。

いつの間に覚えたのか、人恋しいという表情を浮かべているとあっては。

三蔵は手を伸ばして悟空を引き寄せた。
自分で言いだしたくせに少し緊張しているのか、身を固くしているのからわかった。
だが、しばらくして慣れてきたのか。
安心したように悟空が三蔵の腕のなかで大きく息を吐き出した。
柔らかく体を預けてくるさまに、三蔵の顔にそれと意識しない微かな笑みが浮かぶ。

しばらくそのままでいたが。
やがておとなしく腕のなかに収まっていた悟空が顔をあげた。

「そろそろいく?」
「そうだな」
「いってらっしゃい」

去年と同じように声をかけられた。

「あぁ」

離れる前にもう一度だけ、三蔵は強く悟空を抱きしめた。





――その温かさが特別のものだと気づくのは、もう少し先のこと。



(memo)
このお話はこれにて終了です。
ここまで読んでくださってありがとうございました。