柳は緑 花は紅 (58)
三蔵は視線を感じて顔をあげた。
と、にこにこと満面に笑みを浮かべる顔が目に入った。笑顔の大安売り、といった感じだ。
予想していたこととはいえ、なんとなく脱力する。
「……なにかすることはねぇのか」
「へ?」
「そこに座ったまんまで、なにが楽しいんだか」
さきほどからずっと、悟空はおとなしく椅子に座ってにこにこと三蔵を眺めていた。
放っておけば、いつまでもそうしているのではないだろうか。
普段はひとつところに落ち着いてなどいられないくせに。
いつもとは違いすぎて、なんだが少し気味が悪いほどだ。
「三蔵がいるから楽しい」
足をプラプラさせて、本当に楽しそうに悟空は言う。
それから頬杖をついて、ほぉっと幸せそうな吐息を漏らした。
三蔵は微かに――自分でもなんと表現してよいかわからぬ感情を表したような、複雑そうな顔をすると、読んでいた新聞に視線を戻した。
悟空の視線は感じるが、鬱陶しいというほどのものでもない。
それにこうして陽が落ちる頃に――といっても、冬のことだからいまはもう陽は落ちてしまって、外は真っ暗になっていたが――私室に戻ってくるのは本当に久しぶりのことで。
ということは、悟空とゆっくり過ごすのも久しぶりのことで。
ずっと淋しがっていたのを知っている身としては、少しくらい大目にみてやろうという気にもなる。
ずっと聞こえて続けていた――『淋しい』という聲。
それは言葉になっていない分、感情が直接響いてくる。
「三蔵」
しばらくして、とりあえず眺めることに満足したのか、悟空が声をかけてきた。
「あ?」
「なんで今日はこんなに早く帰ってきたんだ?」
「中休みだ。これからもっと忙しくなるからな」
「そ……なんだ」
それまでのにこにこ顔が急にしぼみ、悟空はしゅんとなる。
「それに、今日は冬至だからな」
「とうじ?」
「今日は1年のうちで夜の時間が一番長い。こういうときは陰の気が強くなるからな。仕事でもなんでも無理はしないで早々に切り上げた方がいい」
「そうなんだ」
悟空は感心したようにいう。
「……お前にはわかるはずだろ」
大地の愛し子は、自然の営みには敏感なはずだ。
「んと……」
悟空はちょっと困ったような顔をする。
「でも、去年はそんなことなかったな、って」
言われた途端、不覚にも微かに三蔵の眉があがった。だが、聞こえなかったフリをして、そのまま新聞に目をやり続ける。
すると、ふわり、と温かな空気に包まれた。
見なくても、悟空が笑みを浮かべたのがわかった。
去年と違って今年は雪が少ない。
だから――。
「ありがと、三蔵」
悟空が小さく呟く声がした。