Vinculum (8)
「あなたは、本気で
狩人を恨んでいるわけではないでしょう。あなたの中には、
狩人と過ごした幸せな時間が刻まれている。少し眠るといい。その大切な思い出を胸に抱えて」
そう告げた途端、
守護者の表情が失望にと変わった。
「眠って、また呼ばれるのを待て、と? あなたのように?」
そして、失望から怒りへと変わる。
「もう一度、
狩人を持つことなどできない。そんな軽々しいものではない。眠らせるくらいなら、いっそのこと消滅させるがいい」
「それが本当の望み? こんなことをしたのもそれが目的?」
わざわざ
学び舎近くの宿を選んで。しかも、
狩人の中でも五指に入る実力者に与えられる三蔵法師の称号を持つ人物が泊まっている宿を選んで。
守護者は、人ではない。
だから、その肉体が老いることはないし、死ぬこともない。
死に近いものは、その存在が消滅すること。
「でも、それは俺には与えられない。あなたの運命はあなたが決める。そのままずっと眠り続けているのも、もう一度目を覚ますのも、あなた次第だ」
光が
守護者を包み込む。
それが収束していくのをじっと見守っていた。
それしかできないから。俺ができるのは本当にそれだけだから。
不意に、また背中から抱きしめられた。
「知ってる。俺がお前に苦しみしか与えられないことは」
江の囁き声がした。
「だが、それでも」
ますます強く抱きしめられる。
「それでも、俺はお前が欲しい。たとえ、どんなに泣かしても」
「違うよ、江。――泣くかもしれないけど、ね。でも、江がくれるのは苦しみじゃない。だって、ほら」
そっと手をとって、きつい抱擁を緩める。体を少し動かして江の方を振り返る。
「俺は笑ってるだろ?」
そう。
笑えるのだ。
例えもう二度と笑うことなどないと思っても、どんな悲しみに見舞われようと、また笑うことはできるのだ。
そして、今、感じているこの暖かな気持ちは、暗闇に閉ざされたときに小さな灯になる。
「空」
呼ぶ声に見上げると、江は泣いているような、笑っているような、そんな顔をしていた。
もう一度、きつく抱きしめられた。
どんなに願っても、いつかは必ず別れがくる。
それでも。いや、だからこそ、今、この瞬間を大切にしたい。
大きく息をついた。
いつのまにか、辺りが白みだしていた。霧も光も消えてしまったのに、部屋の中が薄明るい。
「江。今日は出発するからね」
「……ほとんど寝てねぇのに」
呟く江は、いつもの江に戻っている。
「自業自得」
「それ、間違ってないか?」
完全に向かい合うように体の向きを変え、笑ってふわりと江を抱きしめた。
いつでも笑っていられる。そんな日常がずっと続くといいと思いながら。
【完】