Finders Keepers(7)
結局そのまま、夕方まで、ベッドでうつらうつらと丸まって過ごした。
昨日ので、ちょっと体が辛かったこともある。
でも、このところ、まともに寝ていなかったから。
先生はずっとそばにいてくれて、目を覚まして顔をあげると、本を読んだり、なにか書いたりしてる横顔が必ず目に入った。その顔を見て、安心してまた目を閉じるというのを繰り返していた。
朝食も昼食も、先生がベッドまで運んでくれた。
凄く優しくて、授業のときとは全然態度が違っていて、ちょっとおかしくなった。
「どうした?」
クスリ、と笑った声が聞こえたらしい。
先生が本から顔を上げていった。
「ううん。ただ、先生が優しいなって」
「……それは、笑うことか?」
なんだか複雑な顔をしている先生に、また笑いが込み上げる。
ひとしきり笑って、起き上がった。
もう、夕方だ。
陽射しがすっかり赤く色づいていた。
「ありがと、先生」
そう言って、部屋の中を見回した。
バック。
バックはどこにやったんだっけ? そう考え、ダイニングキッチンに置きっぱなしだったことを思い出した。
ベッドから降りようとすると、腕を掴まれた。
「どこに行く?」
「家に帰るよ。ありがとう、泊めてくれて」
それに優しくしてくれて。
なんか一生分の幸せを貰った気がする。
「本当にありがとう」
自然に笑みが浮かぶ。
それを先生に向け、立ち上がろうとして。
「わっ」
突然、掴まれていた腕を引かれて、先生の方に倒れこんだ。
「な、に……」
「俺は『拾った』と言わなかったか?」
抱きしめられる。強い力で。
「……俺、犬や猫じゃないんだよ。そう簡単に拾うとか言われても」
「だが、もう拾っちまった」
「って、先生、真面目に……」
「冗談を言っていると思っていたのか?」
言われて、先生の顔を見上げた。
確かに、からかうような表情はどこにも浮かんでいない。
でも。
「あのね。大丈夫なんだ、本当は。家のコトは、明後日、弁護士さんに会うことになってて、たぶん、それで少しは落ち着くと思う。ただちょっと、いろんなことがありすぎて、弱ってて……でも、それももう大丈夫になったから」
優しくしてくれたから。それで、もう充分。
「それに、それにね、昨日のコトは、別に責任とってとかそういういうの、言う気はなくて……暖めて欲しいと思ったのは、俺の方で、それを与えてくれたのには感謝してて……それで、それで……」
じっと見つめられている紫の瞳に、なんだか動悸があがってくる。
早口になっていくのが自分でもわかったが、どうしようもない。
「つまりは、大丈夫なんだ」
これ以上見ていると、なんかとんでもないことを口走りそう。
例えば、ずっとそばにいてとか、そんなことを。
それは無理な話だとわかっているのに。
少し同情してくれただけ。
そのうちに、きっと離れていく。だから――。
だから、離れるなら早いほうがいいんだ。
だから、先生の体を押し返す。そうして、身を引き離そうとしたが、さらに内にと抱きこまれた。
「あのな、俺は結構執着心があって、な。一度拾ったものは、そうそう簡単に手放したりはしねぇんだよ」
「だから、先生。俺は物でもないから――」
「知るか」
「へ?」
「お前の意志なんか知るか、と言っている」
「って、何、それ――」
顔を上げると、楽しそうな表情を浮かべる先生の顔が目に入った。
「俺が拾ったんだ。だから、お前は俺のモノだ」
ぎゅっと抱きしめられる。
「ずっと。未来永劫」
耳元で囁かれた言葉に、息を呑む。
ずっと。
ずっと――?
それはずっと一緒にいられるってこと――?
そんな風に、一度でいいから言われてみたかった。
本当に、言われてみたかった。
「悟空……」
囁き声とともに、キスが降ってくる。
「……せん……せ……」
「三蔵、だ」
見つめてくる紫の瞳。
その瞳には、嘘も迷いも感じられない。
「さん……ぞ……」
ずっと、一緒。
信じてもいいのだろうか、その言葉を。
深くなるキスに溺れていきながら、そっと、先生の服の袖口を掴んだ。
【完】