Pure White (3)


 おみやげ物屋さんといっても、そんなに大きくない宿だ。
 フロントの横の小さなスペースに申し訳程度に、お菓子とかが並んでいるだけ。
 見るのに時間がかかるわけではない。
 だけど、三蔵がヘンなことを言うから、一通り見ても、そこから離れられなくなっていた。

 まだ、顔が熱い。

 手で火照った頬の熱を冷まそうとしてみるけど、なかなか熱は取れない。
 そんなことをしているときに、ふと、目についたものがあった。
 白い猫のついたキーホルダー。
 ここでしか売っていないようなものではなく、観光地によくあるキャラクターもの。
 それは。

「これだけしかないのに、いつまで見てるつもりなんだ、お前は」

 と、後ろからいきなり声がかかった。

「三蔵っ。脅かさないでよ」

 驚いて、心臓が口から飛び出るかと思った。

「別に脅すつもりはなかったんだが……」

 ふと、三蔵が視線は俺からキーホルダーにと移す。

「欲しいのか? 欲しければ、買ってやるぞ」

 ――欲しいのか? 欲しければ、買ってやるぞ。

 同じ台詞。
 頭の中をめぐるのは同じ台詞で、違う声。
 あのとき、そう言ってくれたのは。

「どうした?」

 三蔵の声に我に返る。

「ううん。なんでもない」
「これ、どうする?」

 三蔵が無造作に白い猫をひとつ取り上げた。

「あ、いい。いらない。ちょっと可愛いなって見てただけ」
「そうか。ま、似たようなものを大切そうに持っているからな」
「三蔵、なんで?」

 びっくりする。

「なにが?」

 キーホルダーを元の位置に戻しながら三蔵が逆に聞いてくる。

「だって、似たようなものって」

 確かに持っている。
 同じような白い猫がついたキーホルダー。
 今、ここには持ってきてないけど、いつも持ち歩いていて、部屋においてある荷物のなかに忍ばせてある。
 外には出さない。
 失くすと困るから。
 だから、普段、三蔵がそれを見ることはないはずだけど。
 でも。
 ただひとつ思い当たるのは。

「……まさか、覚えてる?」
「お前、さっきから言葉、省略しすぎ。覚えてるってのは、俺があのキーホルダーを拾って渡したときのことか?」

 苦笑を浮かべながら、三蔵が言う。
 だけど、実はそんな三蔵の顔なんて、ほとんど目に入ってなかった。
 あまりにも驚きすぎて。

 冬だった。
 まだ高校に入る前だった。
 雪が降っていた。
 珍しく積もるほど、雪が降っていた。
 失くしたキーホルダーを捜していたら、三蔵が声をかけてきた。

 ――これはお前のか? と。

 差し出されたのは白い猫のキーホルダー。
 ずっと前に買ってもらったもので、買ってもらった当初は大喜びでランドセルにつけて持ち歩いてたからだいぶ汚れてて、誰かが拾ってくれたとしても、そのまま捨てられてしまうだろうと思っていた。
 だけど。

「いきなり泣くんじゃねぇよ」

 珍しくも少し慌てたような声。
 その声に、我に返って手を頬にやる。

「……あれ?」
「あれ、じゃねぇよ。ったく、あのときは笑ってたくせに」

 あのときは、嬉しかったから。
 すごく嬉しかったから。
 大切なものだとわかってくれた人がいて。

 今は。
 今も、嬉しいんだけど、嬉しいっていうよりも、なんだろう。
 いろんな感情がごちゃまぜになって、よくわからない。
 わからなくて、涙が溢れてくる。

「……俺がいじめてるみたいじゃねぇか」

 ふわりと、頭に手が置かれる。
 そのまま、片手で押さえ込まれる。

「帰るぞ」

 促されて、歩き出した。