Pure White (4)
部屋に戻って。
「あのキーホルダー、お父さんが買ってくれたものなんだ」
三蔵の腕の中で呟いた。
溢れる涙はなかなか止まらなくて、三蔵があやすようにキスしてくれて、ようやく止まった。
怒ってたはずなんだけど、結局、こうなってしまう。
気持ちは落ち着いたけど、腑に落ちない気になってくる。でも、三蔵の腕の中は心地良いんで、まぁいいか、とか思ってしまう。
「あの家に貰われていってすぐの頃、お父さんとお母さんと一緒に旅行に行ったんだ。新しく家族になるんだから、まずは家族らしいことをしようって言われて」
ゆっくりと三蔵が頭を撫でてくれている。
それに合わせるように、ゆっくり、ポツリポツリと言葉を紡ぐ。
「で、おみやげ物屋さんに寄って、お父さんとお母さんが会社とか近所とかのおみやげを選んでいるときに、あの猫を見つけて。可愛いな、って思った。欲しいな、って思った。でも、ねだることはできなくて、じっと見てたら、いつの間にかお父さんとお母さんが後ろにいて。『欲しいのか? 欲しければ、買ってやるぞ』ってお父さんが言ってくれた」
三蔵の手が止まる。
さっきの自分の台詞を思い出しているのかもしれない。
「凄く嬉しかった。本当の家族みたいだったから。ちゃんと望まれてるんだって思った」
思い出す。そのときの気持ちを。
あのキーホルダーを見るたびに思い出すその気持ちを。
「いつも持ち歩いているのは、望まれている証だからってわけか」
三蔵が静かに口を開いた。
その言葉に目を伏せる。
わかってる。
今は、違う――。
「それ、見せろ。持ってきてるんだろ?」
と、唐突に三蔵が言い出した。
伏せていた目をあげる。
なんだか険しい表情に、もう少しこの腕の中にいたかったけど、のろのろと言われた通りにキーホルダーを取ってきた。
差し出された手の上に乗せる。
三蔵は、険しい表情のまま、まるで睨みつけるようにキーホルダーの白い猫を見ていたが、やがてふっとため息をついて、それを近くの炬燵の上に置いた。
「宣戦布告」
呟き声が聞こえたと思った途端、凄い力で抱き寄せられた。
その勢いのまま、唇を奪われる。
奪われる。
まさにそういう感じ。
蹂躙されるような、いきなりの激しいキスについていけない。
「……さん……ぞっ」
なんとか抜け出そうとしても、さらに深く、さらに強く抱きしめられ、逃げ出すこともままならない。
絡みつく舌。きつい抱擁。
苦しい。
苦しい……けど。
嵐のような激しさのなか、薄く目を開ける。
あまりに近すぎて、三蔵の顔はわからないけれど。
もしかしたら、三蔵は――。
もしかしたら。
そう思うのは、ただの願望で、思い違いなのかもしれない。
でも、思うだけなら罪にはならないだろうか。
――望まれている、と。
やがてようやく荒々しいキスが終わるが、支え手を失って、崩れ落ちそうになる。
「……捨てちまおうかと思ったが」
三蔵にもう一度抱きかかえられる。軽く、髪に唇が寄せられる。
「あのキーホルダー。雪の中に放り出してやろうかと思った」
その言葉に、三蔵を見上げる。
「そんな顔しなくても、やんねぇから安心しろ」
三蔵の顔に苦笑が浮かぶ。
「宣戦布告って言っただろ」
頬を包み込むのように手を添えられ、もう一度キスされる。
今度のは軽く。
触れ合うだけの羽のようなキス。
キスのあと、じっと見つめられる。
深い紫の瞳。
「俺がいる」
囁かれた言葉に目を見張る。
「ここにいる」
そっと引き寄せられ、抱きしめられる。
優しく。
だけど、しっかりと。
なんだろう。
なんだか、なにも考えられない。
思考が停止してしまったよう。
でも、暖かい。
暖かくて安心する。
それがすべて。
「……メシ」
どのくらいそうしていただろう。
三蔵の呟き声に顔をあげた。
「朝飯、食うか?」
現実的な言葉に、思考が引き戻される。
現実に。
三蔵のそばに。
「食う」
笑って答えると、炬燵のうえのキーホルダーが目に入った。
大丈夫。
目に見えるものがなにもなくても。
「食ったら、外に行こう。昼飯はどっかその辺で食おうよ」
「朝飯もまだなのに、もう昼飯の話か」
「いいじゃん。きっと、綺麗だよ」
外に目を向ける。
「雪はきっと綺麗だ」
白い――真白の雪。
「ありがとう、三蔵。ここにいるって言ってくれて。凄く嬉しかった」
三蔵に改めて目を向ける。
あの白い綺麗な雪に負けないくらいに綺麗な人。
手を伸ばして掴まえる。
どこにもいかない。そばにいる。手を伸ばせば捕まえられる。
それは目に見える証よりも、確かな現実。
なんだか嬉しくて。
笑みが浮かんでくる。
「大好き」
囁いて、背伸びをし、キスをした。
きっと一生忘れない。
この雪の景色を。
目に焼きついた、真っ白な雪を。