Sweet Home(3)



そして翌日。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
次は昼休み。
みんな思い思いにがやがやと動き出す。
「悟空、弁当か? 珍しいな。ってか、初めてじゃねぇ?」
ガタガタと机を動かしながら、クラスメートが近づいてきていう。
「うん」
机の上にお弁当を広げながら、なんだか笑みが浮かんでくる。
「へぇ、うまそう。お前ん家の母さんって、料理、上手なんだな」
お母さん、じゃないんだけどね。
心の中でそう答える。
作ってくれたのは先生だから。
あんまり想像できないと思うんだけど、先生って料理がすごく上手なんだ。そのことがわかったのは昨日なんだけど。
夜ご飯、ありあわせのもので作るっていってたのに、すごく豪華ですごく美味しかった。
ひとりだと面倒でこのところ料理をしてなかったから、あまりうまく作れてないかも、と言ってたけど、全然そんなことなかった。
気のきいたことが言えなくて、ただ美味しいとしか言えなかったけど、珍しく先生は照れたような感じで、父のおかげかなと言った。
ずっと、お父さんと二人暮らしで、料理はお父さんから習ったそうだ。
お父さんは? と聞くと、いまはいない、とだけ答えが返ってきた。
あ、と思ったのがわかったのだろう。
食卓越しに手が伸びてきて、くしゃりと髪をかきまぜられた。
お前がいるなら、これからはちゃんと作るか、と言って、怒っていないんだというように微かに笑みを浮かべた。
そんな場合じゃないのに、ちょっと見とれた。
で、今日は朝ごはんの他にお弁当も作ってくれた。
昨日のおかずの残りと、あとちょっと足して。
手際よく作って、綺麗に詰めて。
横で見てて魔法のようだと思った。
そのお弁当が、ここにある。
このお弁当箱はもともとはお父さんのものだったという。
そんな大切な――形見といってもいいようなものを使っていいんだろうかと思って聞いたら、使ってもらった方が父も喜ぶだろうという答えが返ってきた。
本当にそう思っているのがわかる優しい目をしてたから、遠慮なく使わせてもらうことにした。
「いただきます」
普段は言わないんだけど、なんとなく手を合わせて言う。
ご飯を作ってくれる人がいるって、すごいことなんだなって思う。
ひと口食べて、やっぱり美味しくて、知らず知らずのうちに笑みが浮かぶ。
「お前、ホント美味しそうに食うよな」
「だって、美味しいもん。ちょっと食ってみる?」
呆れたようにいうクラスメートにお弁当を差し出す。
「あ、俺も」
横からいくつか手が伸びてきて、ちょっとずつおかずを取ってく。
「おぉ。うめぇ」
「ホントだ」
「だろー」
口々に褒め称える言葉に、誇らしげに胸を張る。
これを先生が作ったって知ったら、皆、びっくりするだろうな。
そう思うが、教えることはできない。
同居がバレるのはマズいってより、なんとなく秘密にしておきたかった。
俺だけが知ってる先生の素顔。
そういう優越感を抱くのって、ヤな奴かもしれないけど。
ふるふるとちょっと首を振ってやな考えを追い出す。
それからふと思ったことを口に出す。
「……料理、習おっかな」
「えぇ?!」
ぽつりとした呟きになんだか大袈裟なくらいの反応が返ってきた。
「なんでまた」
「だって美味しいご飯を作ってあげられたら嬉しいんじゃないかな、って」
「それって女子の発想じゃねぇ?」
「そうかな。そんなことないと思うけど」
先生より俺の方が早く帰れるし、そしたら先生も家に帰って疲れてるのに、ご飯を作らなくてすむし。
なによりも、美味しいって言ってくれたら――すごい幸せかも。
「お前、変わってるな」
馬鹿にされたわけでなく、さらりと言われて話題は流れていく。
突っ込まれても、答えようがなくて困るけど、でも。
いままでそんなことはなかったのに、適当に話を合わせて笑う自分が、なんとなく寂しく思えた。
そしてその日の夜。
思い切って料理を教えてほしいと先生に頼んでみた。
先生は少し驚いたような顔をしたけれど、微かに笑って了承してくれた。
手まねきをされてとてとてと近づく。
と、先生はクスリと笑った。
「お前、警戒心なさすぎ」
言われてまたなにかされるのかと、ちょっと警戒して身を引く。
「なにもしねぇよ。それより料理教えてほしんだろ? そっからじゃよく見えねぇぞ」
言われて警戒したまま近づくけど、でも本当は。
料理を習うということは、先生のそばに近寄れる理由ができたってことにいまさらながらに気がついて、ちょっと嬉しかった。
そんな気持ちを見透かすように、先生がもう一度クスリと笑った。

【完】