The Apple of the Eye (2)


あぁいうのをたぶん『犬に噛まれる』っていうんだ。

頭の中をグルグルとキスされたときのことが巡る。
もういい加減、頭の中から追い出したいんだけど、綺麗な顔とキスの感触は居座ったまま。どんなに違うことを考えようとしても、結局、そのことを考えてる。

不条理だ。

あんな不意打ちの、しかもたぶんあの女性に見せつけるためだけにしたキスに、どうしてこんなに心を乱されなくちゃいけないんだろう。
そのうえ、雨まで降ってくるし。

「最悪……」

呟いて、空を見上げた。
空は真っ暗。日が落ちてだいぶ経っているからそれは当たり前だけど。その暗い空に、さらにかかる黒い雲。全然、途切れる気配はない。
今日はこの公園で夜明かしするつもりだったけど、場所、移動した方がいいかな。
雨を避ける建物なんかない小さな公園だったから、唯一、雨宿りができそうな木の影に入ったけど、時折、雫が落ちてくるから、結局濡れて体が冷えてきた。このままじゃ、風邪ひきそう。

「お前、まだいたのか」

突然、斜め後ろの死角から声をかけられた。一言しか聞いてないけど、この声。忘れようもない。ぱっと振り返った。
予想に違わず、そこに、金髪さんがいた。

「こんなところで何をしている? 子供はとうに家に帰っている時間だろうが」

なんだか意地悪そうな口調。今までのこともあって、何も答えずにムッとした顔で見返した。

「家出か?」
「違うっ!」

形の良い眉をひそめるようにして言った金髪さんの台詞を反射的に否定した。もう、今日一日で何度同じことを言われたことか。

「帰るところなんかない……」

その後で思わず口をついて出てきた呟きに、自分でびっくりする。こんなこと、言うつもりなかったのに。言っても仕方のないことなのに。

「……来るか?」

しばらく続いた沈黙を金髪さんが不意に破った。その言葉に驚いて、俯けていた顔をあげた。
来るか、って……?
だが、それ以上の説明はなく、金髪さんはくるりと背を向けるとさっさと歩き出した。

「あのっ!」

追いかけてその横に並ぶ。さっきの言葉の意味を問いただそうとしたところ、傘が差しかけられた。

これは一緒に行ってもいいということ?

綺麗な横顔を見上げながら、遅れないように足を速めた。