Little Ordinaries (1)


最後のひとつをつけ終わったところで、リビングのドアが開いた。

「お帰りー」

なんかすごいタイミングいいな、と思いつつ、入ってきた三蔵に声をかける。

「……なにしてるんだ、お前」
「なにって、見りゃわかるでしょ。七夕の飾りつけ」
「笹なんかどこから持ってきた」
「近所に竹林があるお宅があるでしょ。林ってほど大きくないけど。そこの前に『ご自由にどうぞ』って笹が切っておいてあったの見て、もらってきた」

リビングの隅で、1メートルくらいの、そんなに大きくはないけど立派に笹ってわかる笹を花瓶に入れて、色紙でつくった短冊で飾っていたところ。

「三蔵、なんか願い事、書く?」

テーブルの上にあった、サインペンをとりあげながら聞く。

「別に……というか」

三蔵が短冊を何枚かひっくり返して、ちょっと眉を寄せる。

「そういうお前が、なにも書いてないじゃないか」
「うーん」

そう言われて、ちょっと困る。
だって。

「なんか思いつかなかったんだよね。三蔵、ここにいるし」

好きな人がそばにいる。
これ以上、望むことなんてあるのだろうか。

「そうか」

三蔵は興味が失せたかのように、手にしていた短冊を放して、キッチンの方に行こうとするが。

「……どうした?」

途中でくるりと振り向き、訝しげな声をあげた。
思わず伸ばした俺の手に気づいて。

「あ、別に……」

無意識のうちに伸ばしてしまった手に、実は俺の方が驚く。ちょっと手のひらを見つめ、それから握ったり開いたりしながら、なんとなく笑みを浮かべる。
と、その手首を捕まえられて、引き寄せられた。

「お前、たまにヘンな顔をする」
「ごめん。たまに、ここにいることが信じられないときがあって」
「これが現実だ」
「うん」

間近にある綺麗な顔に笑みを向ける。
幸せと感じる今のこの瞬間が現実ならば、本当にこれ以上望むことなどない。
この気持ちはずっと覚えているから。

いつかこの現実が消えるときがあっても――。

いいや。そんなことを考えてはダメだと思う。
今、幸せだと感じているこの瞬間は少なくとも本物なのだから。
未来は――未来のことなど、考えても仕方ない。

「大好きだよ、三蔵」

すべてを吹っ切るようにそう告げて笑えば、三蔵がしっかりと抱きしめてくれた。

これが現実。
確かな現実。
当たり前のように、これからも続いていくこと。

だから。
形にすれば儚い祈りのような気がして、言葉にできなかった願いはなかったものとして封印した。

――ずっと一緒にいたい。

(memo)
携帯サイト用に書いた七夕のお話。最初の公開時にはありませんでした。