Don't You Want Me Any More? (1)


「わりぃ、待たせて」

こちらに向かってきたナタクは、なんだか大人びて見えた。

「大丈夫。ちょっと落ち着かなかったけどな」

待ち合わせた場所は、由緒あるホテルの喫茶室。
普段、行くようなところじゃないんで、なんだか敷居が高いような気がして落ち着かない。
ここにいる全員が紳士淑女の皆さん、ってわけじゃないのはわかってるんだけどね。
なんて思うのは、ナタクの格好がそうだからかも。
黒のタキシード。髪は後ろに流してひとつに纏めている。

「格好いいなぁ」
「なんだよ、それ」

ナタクが嫌そうな顔をした。

「誉めてんだから、素直に受け取れよ」

そう言って、ポケットから封筒を取り出した。

「忘れないうちに渡しとく」
「サンキュー」
「でも良かったのか? 忙しいんだろ、今」
「何言ってるんだよ。『西夢』のライブチケットだろ? ぜってぇ行くって。にしても、よく手に入ったよな」
「くれたんだけど。って、このバンドってそんなに有名なの?」
「メジャーデビューはしてないけど、このとこクチコミで人気が出てるバンドだよ。あんまり大きなトコでライブしないから最近チケットの入手が困難になってきてるって聞いたけど……。っつーか、くれた?」
「そう。店の――バイト先のお客さん。大学の入学祝と少し早い誕生祝だって」

卒業式もすんで、春休みに突入した矢先。
喫茶店の店長代理の八戒からヘルプの電話がかかってきた。
いろいろお世話にもなってるし、とりあえず春休み中だけ手伝うことにしたんだけど、その喫茶店の常連客がこの間くれたのだ。
で、こういうのが好きなナタクを誘ってみた。

「えぇ? それって本人?」
「自分たちのライブのチケットって言ってたからね。格闘家みたいにガタイがいいのと、銀髪の、なんか関西の人っぽいお兄ちゃんだろ?」

そう、それ。へぇ、すげぇ。とか言ってるナタクを見守る。
タイミングを計るように。

「あのさ、今日、呼び出したのはソレの他にもあって……。もっと早く言おうと思ってたんだけど、卒業式からこっち、ナタク、忙しくて全然会えなくなっちゃったから」

父親の会社の手伝いをするからといって。
今日も何かのパーティがあるっていうのを、始まる前のちょっとだけ時間が空いているところに、無理矢理会う約束を詰めこんでもらったのだ。

「実は、俺ね」

話すには、なんかちょっと勇気がいるかも。
ちょっとだけ呼吸を整えて。
それで告げる。
「好きな人がいるんだ」