Addiction(1)
「ったく、遅いな」
コンロの火を止めて呟いたところ、鍵がガチャガチャいう音が聞こえて、玄関の扉が開いた。
「もう帰ってこないかと思った」
台所の横はすぐ玄関。
入ってきた人物を横目で見ながら言って、コンロのうえの土鍋を持ち上げる。
「待ってたくせによく言う」
「んなことねぇもん」
未だにそのままあがってこようとするのを、一睨みしてやめさせながら言葉を返す。
一瞬、考えるような素振りをし、三蔵は靴を脱いで部屋のなかに上がってきた。
「『遅いな』って言ってたろ」
……。
地獄耳。
ドアは完全に閉まってて、あんな呟き声なんか外には聞こえないはずなのに。
むぅ、と黙り込んでいたら、三蔵が微かに笑みを口に刻んだ。
……なんかむかつく。
今日、バイトに行くのに一緒に家を出て、それから三蔵はどこかに行っていた。
俺が家にいるときは三蔵も家にいるんだけど、バイトで家を空けてるときに三蔵がなにをしているのか、実はよくわかっていない。
この部屋にいるときもあれば、出かけるときもあり。
ま、別に詮索する気もないけど。
そう思いながら炬燵の上に土鍋を置いて、蓋をあけた。
「なんだ、今日はこれだけか?」
中身を見た三蔵が言う。
「そう」
「こんなんじゃ、栄養にならないぞ」
「いいの。今日は七草かゆの日だから」
「七草……?」
「お正月のご馳走で疲れた胃を労わる日」
「たいしてご馳走なんて食ってねぇだろ」
……ほっとけ。
「ほら、これ」
三蔵がなにやら手に持っていたものを差し出す。
「なに?」
聞きながらも受け取って、中を出してみる。
緑色のものが詰まったタッパがたくさん。蓋を取ってみると。
「おひたし、ごま和え、ソテー、サラダ、キッシュ……ってなんでほうれん草ばっか」
「神父がくれた」
「八戒が?」
「貧血にはその葉っぱが良いそうだ。それも一緒に食え」
って、なんだよ、それ!
「もうヤダかんな。もう、あんなのはごめんだっ!」
首を押さえて三蔵から遠ざかり、最後はほとんど叫ぶように宣言する。
昨日、血を吸われた。
それで昨日は――。
うー。思い出したくもないっ。
「そんなこと言ってもな。俺に合う血を持つのはお前くらいだし」
「ぜってぇ、ヤダっ!」
近寄ってくる三蔵を思いっきり押し返した。