Addiction(8)


バイト先の花屋にすごく綺麗な薔薇の花が入った。

淡く緑がかった白い薔薇。

三蔵の姿が目に浮かんだ。
なんとなくイメージだと考えて……ぶんぶんと頭を振った。
なんでいきなりここで三蔵が出てくるんだって思って。

でも凄く気になって、結局、店長に頼んで1輪だけ取り置きしてもらった。
三蔵、よく八戒と教会で薔薇の香りのするお茶を飲んでて、薔薇は好きなはずだし。
それに明日はバレンタインデーだから、ちょうどいいかなって思った。
バレンタインデーって、本当はチョコをあげる日じゃないってのをどっかで聞いたことあったし。
外国だと男の人が女の人に花を贈るっていうのもありみたいだし。
三蔵からしてみたら、そっちのが自然かもって思った。

バイト中、薔薇が気になって気もそぞろになっていた。
帰りは、薔薇を手にちょっと浮き立つような感じになった。
で、家について。

「これ、別に明日がバレンタインデーだからとかじゃなくて綺麗だったから。三蔵、薔薇、好きだろ?」

素っ気ない口調で薔薇を差しだした。
でも、このときまで信じきっていた。思いこんでいた。
三蔵は喜んでくれるものだと。

でも。
三蔵は少し目を見開き、それから困ったような顔をした。

それで。
それで、気がついた。
別に、俺たちは恋人同士でもなんでもない。
その日に贈り物をし合うような仲ではない。
三蔵はすぐに俺に触れたがるけれど、それ以上のことはしない。
とても暖かで、それだけで満たされるような気持ちになるから、だから――だから、忘れていた。
三蔵が必要なのは、俺ではなく、俺の血だ。
最近ずっと血を吸われることもなくて、だから本当に忘れていた――。

「えっと、本当に特別な意味はないから、そんな顔しなくても大丈夫だよ。ただ単に綺麗だったから買ってきただけだから」

胸の辺りに、なんだが氷の塊ができたみたいに感じつつも、三蔵の横を通り過ぎる。コップに水をいれて薔薇を挿し。

「ごめん。買い忘れたものがあったの、思い出した。ちょっとコンビニまで行ってくる」

ダメだと思った。
絶対ヘンな顔になってるし、こんな気持ちのままでここにはいられない。
だから、外に行こうとした。
だけど。
三蔵に腕を取られた。抱きしめられた。

「さん……」
「吸血鬼は薔薇を枯らすという話は聞いたことがないか?」

腕から抜け出したくてもがいていたら、突然、そんなことを言われた。

「せっかくお前が俺のために買ってきたものに触れられない、と思っただけだ」

抱きしめられるその腕の強さは確かなものなのに。
気がついてしまった。
この関係がとても不安定だということに。

――少しだけ、泣きたくなった。