Addiction(10)


バイトの帰り道。ふと芳香が鼻腔をくすぐった。

なんだろう。あるかないかの微かな香。でもなんとなく清々しい、と感じるような。
顔をあげると、壁に囲まれた向こう側に白い梅の花がちらりと見えた。惹かれるようにそちらに足を向ける。

そこはお寺だった。何度か来たことがある。でも、梅があるなんて全然気づかなかった。
門をくぐると、横手、普段は閉まっている離れみたいなところの門が開いていた。
先ほどの梅は、この門の向こう側に見えた。

開いてるってことは入ってもいいんだよな。
そう思って、門をくぐる。

と、小さいながらもそこは梅林になっていて、紅白それぞれ、そして濃淡の違う梅が、いまや盛りと咲き誇っていた。
こんな近くに、こんな綺麗な梅林があったなんて。
しかも、外からは一部しか見えないから、全然わからなかった。

綺麗だな、と思ってもう一歩なかに踏み出す。
すると木の陰に人の姿が見えた。
しんと静まり返って、誰もいないと思ったのに。
でも、すぐにそれがよく見知っている人の姿だと気づく。

「三蔵」

名を呼んで近づいていくと、三蔵が振り返った。

透き通るような白い肌。

それはいつも通りだったけれど、なんだがとても寒そうに見えた。
このところずっと暖かかったけど、今日は冷たい風が吹いて結構寒かったからかもしれない。
意識する前に、ふわりと三蔵に抱きついていた。
少し驚いたような表情を浮かべる三蔵を見て、我に返る。

「なんか寒そうに見えたからっ」

本当にそう見えたんだけど、なんだか我ながらいい訳じみて聞こえる。
頭の上で、微かに笑い声がした。

「お前らほど暑さ寒さは感じねぇよ。寒そうなのはお前の方だろう」

そして、さらに内へと抱き込まれた。

「……三蔵は、ここのこと、知ってたの?」

なんとなく心地よくて、しばらくその体勢のままでいたが、ふと思いついて尋ねてみる。

「大気が澄んでるからな」

微かな芳香。
冷たくて澄んだ空気。
言われてみると、体に溜まっていた良くないものが流されていくような感じがする。

魔物、と言われるけれど。
でも。

こういう澄んだ空気が似合いなところは、本当はそんなものではないのかもしれない。
綺麗な顔を見上げながら、そんなことを思った。