Addiction(12)
明日、幼稚園でやる雛祭で使うというので頼まれていた桃の花を届けに、バイトの帰り道、八戒のところに寄った。
とりあえず、私的な生活空間もある司祭館に運び入れた。
なかを進んでいくと、突然、ふわりと良い香がした。
この香は知っている。
思わず足を止めた。
「どうしました?」
先を歩いていた八戒が足を止めて、こちらを振り返る。
「あ、いや。三蔵、来てる?」
聞くと八戒が少し驚いたような顔をした。
「今はもう帰りましたけど。どうしてわかったんです?」
「お茶の香がしたから」
三蔵が八戒のところでよく飲んでる花の香のするお茶。花は薔薇だと前に教えてもらった。
そんなに強い香ではないんだけど持続するみたいで、昨日も一昨日も三蔵の髪とかからこの香がしていた。
教会が三蔵のお気に入りの場所だというのは知っていたけど、こんなにしょっちゅう来ているようじゃ、もしかしたら三蔵は俺よりも八戒と過ごしている時間の方が長いってことになるんじゃないだろうか。
つきん、と胸が痛んだ。
「……悟空?」
と、再び歩き出した八戒が、いつまでも立ち止まっている俺に、また引き返してきた。
「あ、ごめん」
顔をあげると、なんだか心配そうな表情を浮かべてるのが目に入った。慌ててごまかすように言葉を足した。
「いや、なんかいっつもこのお茶を飲んでるから、そんなに美味しいのかなって考えただけ」
「美味しい……というか。ま、そうかもしれませんね、僕らにとってはただの香の良いお茶ですが、あの方にとっては食事の代わりですからね」
「食事の代わり?」
驚く。
だって、三蔵のいうところの食事っていうのは。
「じゃあ、このお茶があれば三蔵は『食事』をしなくてもいいの?」
言いつつ、なんだか気分が沈んでくる。
食事をしなくていいってことは、血を吸われることがないってことで、必然的にあんなこともしなくて良くて、本当だったら喜んでいいはずなのに。
だが、ゆっくりと八戒がかぶりを振った。
「いいえ。代わりは代わりですからね。でも、あなたは大切にされてますね」
にっこりと八戒は笑う。
「吸血鬼というのは、人間をただのエサだとみなし、血を吸い続けて死に至らしめてもなんとも思わないようなものなんですけどね。そういう意味ではあの方は少し変わっているのかもしれません。なんのかんの言いながらも、あなたが嫌がればなにもしないでしょう? あなたを本当に大切に思ってるんでしょうね」
その言葉に、じわじわと胸が温かくなってきた。
「さて、それを運んだら、明日の準備をちょっとだけ手伝ってほしいんですけど」
「りょおかい」
なんだか無意味に笑いながら、八戒の後を追った。