Addiction(28)


家に戻ると部屋は真っ暗だった。
一瞬誰もいないのかと思うが、すぐに窓のところに人影を認める。
外から差し込む街灯の明かりが逆光のようになって、シルエットだけが浮かび上がっていた。

「三蔵……」

囁くように呼びかけて、そばに向かう。
声をかければ、いつもならばすぐにこちらに向く宝石を思わせる瞳は、外に向けられたままだ。
静かな部屋に雨の音だけが響いていた。

ふっと息をついて。
持っていたものを、三蔵の上にと降らせた。

「なにをする」

頭のうえから降らせたものが当たる気配には、さすがにむっとしたようで、やっと三蔵の顔がこちらに向く。でも、声にはあまり抑揚がない。

「棘は抜いたから、怪我はしてないでしょ。香料じゃなくて、生花でも大丈夫って聞いた」

降らせたのは薔薇の花。

香料は薔薇がなかったとき用のものなので、結局のところ、生花で構わないのだと悟浄に聞いた。
だからバイト先の花屋から帰るときに、一抱えほどの薔薇をもってきた。

薔薇の花に埋もれたように見える三蔵。

外から入ってくる光はそんなに明るくなくて、闇に沈んでいるようだけど、だからこそだろうか。凄い綺麗に見える。

「ちゃんと食事しなくちゃダメだよ」

足元に落ちている薔薇を1本拾って差し出した。
三蔵は薔薇の花を見、それから視線をあげてこちらを見た。
微かに笑みが浮かぶ。

「誘っているみたいな台詞だな」
「な……っ!」

その言葉に反射的に後ずさるが、三蔵の手が伸びてきて、手首を捕まえられる。

「ちょっとだけ、こうしてろ」

引かれて、三蔵の腕の中に崩れ落ちる。

「お前は……暖かい、な」

ふわりと抱きしめられ、髪に顔を埋めるようにして三蔵が言う。

「……よく子供体温だって言われる」

そう答えるとクスリと笑う声がした。

「そういう意味じゃねぇ」

そのまま沈黙が降りた。

床に撒かれた薔薇から芳香がたちあがってくる。
頭の芯が痺れたような感じがするのは、芳しい香のせいだろうか。

そっと目を閉じて、雨の音に耳を傾けた。