Addiction(36)


最寄の駅から家までをちょっと小走りで帰っていた。

今日はバイト先で季節外れの送別会があって。それに出てたら帰りが遅くなった。
すごくお世話になった人だから、未成年でお酒は飲めないけど、なんだか離れがたくて誘われるまま二次会にまでついていったのでもう終電近くになっていた。

駅から遠ざかるにつれ普通の住宅ばかりになって、夜のこんな時間にはもう歩いている人は誰もいない。
ところどころに街灯はあるが、道は暗く沈んでいる。そんななかを足早に通り抜けていたところ。

ふっと、目の前が暗くなった。

あれ? と思う。
前にも似たようなことが……と思っていたら、いきなり両手を掴まれて止められた。

「……無防備やな」

声とともに、明かりが戻ってくる。
目の前に、西洋人形のような綺麗な顔立ちをした男の人が立っていた。

「あなたは――」

前に見たことのある。詳しくは知らないけど、三蔵の知り合い、のような人。

「自分が三蔵はんにとって、唯一の血をもつ人間だという自覚はありますの?」

挨拶もなしにいきなり責めるように言われて、なんか嫌な気分になる。
いきなりなんなんだ、と言おうとして、手首が掴まれたままなのに気づいて、掴んでいる主を見上げた。無表情の大男。振り払おうとしても振り払えない。

「ガト、離しておやり」

溜息とともに銀髪の青年が言い、その言葉に素直に従った大男の手が離れる。

「あんさんには、自覚が足りなさすぎやわ。その血、穢されたら、三蔵はんは糧を失うというのに」
「穢されるって……」
「なんならここでやってみせましょか」

手が伸びてくる。逃れようとして――また、後ろの大男に押さえつけられて、逃げらないことに気づく。
銀髪の青年の手が肩にかかる。
軽く触れられているだけなのに、なんだかすごく嫌な感じがする。

それからどんどんと顔が近づいてくる。
その唇の間から牙――のようなものが覗く。

これは――。

なにをしようとしているのかがわかって。

嫌だっ!

そう言葉に出して逃れようとするけれど。
押さえつけられた手は振り解けない。

そして、まるで声が凍りついてしまったかのように、悲鳴すら出せない。
ただ近づいてくる顔を睨みつけるのが精いっぱい。

だけど。
軽く喉元に唇が触れただけで。
噛みつきはせずに、青年は離れていく。

「いまのが本気やったら――わかりますやろ? そういうことや、気をつけなはれ」

くるりと青年は背を向ける。

「それと、あんさんは所詮糧や。ずっと一緒にいれるわけやないということがどういうことか、よく考えなはれ」

ふっと闇に溶けるように青年の姿は消え、辺りには静寂が戻ってきた。

真夏の夜なのに。
なんだか冷たい空気に包まれているような気がして。

震える体を懸命に抑えつけた。