Addiction(39)


「あの坊の態度、三蔵はんに対して失礼やわ。そのままにしとくなんて、あんさんも職務怠慢や。あれは糧や。同等にはなりまへん。三蔵はんはそういうところ、無頓着なお方なんやから、あんさんが気ぃつけねばならんのに」

バイトの帰り道。
いつものように教会にいるであろう三蔵を迎えに行って、扉を開けた途端に、そんな声が聞こえてきた。

柔らかなイントネーションに条件反射的に体が固まる。
さして広くない教会のなか。
見ようと思っていなくても、なかにいる人の姿は見える。
そこには予想に違わぬ姿がある。
銀色のお人形さんのような姿が。

どうしようかと思う。
このまま、扉を閉めてしまってもいいだろうか、なんていう考えがよぎる。
失礼かもしれないけど、でも、それが一番お互いのためかもしれない。

「よ、小猿ちゃん」

が、その人と向かい合ってはいるが、少し距離を置いたところにいる赤い髪の男に呼ばれた。
おいでおいでと手招きをされる。

一瞬ためらうが、呼ばれては仕方ない。
ちょっと緊張しつつ、銀髪の青年を大きく迂回するようにして悟浄の傍に寄った。
と、腕を引かれる。

「なにするんだよ」

ぐいっと引っ張られたから、思いのほか、近いところに悟浄の顔があってびっくりする。
押しのけようとするけど、掴まれた手は意外と強くて解けない。
が、居心地が悪いくらいに近づいていた顔はひょいと遠ざかっていく。
それでなんとなく息をつくけど。

「気をつけろっていったってな。なにをどうしろっていうんだ? どう見たって三蔵の方が執着してんじゃねぇか、これ。そっからでもわかるだろ。『手を出すな』って主張しまくり」

そんな言葉にちょっと顔をしかめる。
『手を出すな』って、昨日、三蔵が言っていた台詞と一緒。
自分ではよくわかんないけど、『匂い』ってやつがついてるってことだろうか?

「それに……」

そんなことを考えていたら、急に襟首を引っ張られた。
そこには昨日の――。

「やめろよ!」

今度こそ、パシンと強く叩いて手を振り払う。
きっと睨みつけてやるが、悟浄は動じた風もない。

「ひどくわかりやすくないか? こんなアトまでつけて。普通、高貴なお方はやんねぇのにな。ジジィどもが見たら、きっと腰を抜かすぜ」

クスクスと笑う。

「こんだけ念入りだと逆にどんなもんか、味見をしてみたくなる」
「それは許しませんえ。こないな子でも、唯一の糧ですから」

すっ、と青い瞳が冷たい光を放った。
が、そんな冷たい光に、悟浄は動じた風もない。

場の空気が凍りつく。
だが。

「違いますよ」

凍りついた空気よりも、さらに冷たい声が響いた。

「悟空は食べ物じゃないです。珍しいお菓子かなんかと一緒にしないでください」

司祭館に通じる方の入り口に、八戒が立っていた。
その後ろから三蔵が姿を現し、無言のまま近づいてくると、腕を引っ張られて悟浄からも銀髪の青年からも離された。腕のなかにぎゅっと閉じ込められる。

「そんな風に思っている人は悟空には近づけさせません」

八戒が言葉を続ける。

「近づけは、消します」

声は低く――本気だ、と改めて言わなくてもわかった。

悟浄は手をあげて肩を竦め、そして銀髪の青年は青い目を細める。
ふたりは無言で睨み合った。

静寂が落ちる。
静かなのに、今にも何かが爆発しそうで。
ピリピリとした緊張が、痛いと感じるほど辺りに満ちている。

だが、突然、青年は視線をはずすと、あとは振り向きもせずに外に出て行った。
緊張が解けて、ふっと息をつく。
だけど。

「あなたもですよ」

八戒の視線がこちらを向く。こちら――というか、三蔵に。

「あなたも悟空をそんな風に扱うのなら、消し去ります」
「八戒」

その言葉にびっくりして、三蔵の袖口をつかんだ。
すると、八戒の視線が柔らかくなった。

「悟空が望まないのならしませんけどね。でも、この子をあまり泣かせないでくださいね」

八戒の言葉に、三蔵の腕により力が入ったのがわかった。