Addiction(41)
目の前に綺麗なお月さまが浮かんでいた。
「まんまるー」
なにがおかしいというわけでもないけれど、ふふふと笑いながらいった。
本当に見事に丸い月。
「なんかおいしそー」
思わず呟いた言葉だが、いつもと違ってなにも答えが返ってこないことに、なんか……拍子抜け、みたいな気分になる。
いつもなら「食い物のことしか頭にないのか」とかなんとかいうくせに。
まだ拗ねてるんだろうか。
頼んだら、ここまで――教会の屋根の上まで連れてきてくれたから、だいぶ機嫌は直ってるかと思ったけど。
昨日の八戒の誕生日から、三蔵の様子がちょっとヘンだ。
拗ねてる、ともとれるけど、でもやっぱりそういうのとは微妙に違う気がする。
うまく言えないけど……。
それにきっと本当は昨日から――ではない。
あんまり考えたくなかったけど、きっとあの銀髪のお人形さんみたいなヒトが来てから。
三蔵が。
あまり触れてこなくなった。
避けられているのかとも思ったけど、でも昨日は手を伸ばしてきて普通だったし。
だから気のせいかとも思っていたのだけど。
でも。
微かな違和感。
……嫌な感じだ。
「降りよっか」
バイトの帰り道。
空に綺麗な月が浮かんでいて。
三蔵と月見をしようと思い立ったワクワクするような気分はもう沈んでしまっていた。
パタパタと埃をはたいて立ちあがる。
それから、隣を見上げた。
――わかっていたはずなのに。
そこにいるのが、三蔵だとわかっていたはずなのに。
息を呑む。
月明かりに照らされて、キラキラと輝く金糸の髪。
ここに連れてきてくれるための真っ白な羽。
こういう姿だとも知っていたはずだ。
でも。
凄く綺麗で。
天使、というのはきっとこういう姿をしているんだと改めて思う。
やっぱり、この人は――『人』ではないのだ。
差し出された手に無言で掴まる。
ふわんと、腕に抱かれる。
そのまま地上に下ろされるのかと思っていたが。
そっと手を添えられて、顔を上げさせられた。
この角度だと、月の陰になって三蔵の表情がよくわからない。
ただ、瞳の色がいつもよりも濃く見えた。
いつかのときと同じ色。
「……お前はいつもそういう顔をする」
静かな声が響く。
「顔?」
言葉の意味がよくわからなくて、オウム返しに聞く。
「今にも泣きそうな顔」
え? と思ったときには、もう体が宙に浮いていた。
月明かりの下。
三蔵の方が泣きそうな顔をしている、と思った。