Twosome Party
その日、司祭館の応接室はなんだか華やかだった。
「なんだ、これ」
勝手に扉を開けて入ってきた悟浄が、部屋に花とかリボンのかかった箱とかいろんなものが溢れているのを見て、驚きの声をあげる。
「いいところにきた、悟浄。手伝って」
ぽん、と手に持っていた花束を渡す。
「それ、包装といて、お水に入れて。それからそこに置いてあるのも。あとで綺麗に飾るから、とりあえず入れといてくれればいいから」
「って、おい。なんで俺が」
といいつつも、悟浄は手を動かし始める。
こうゆうとこ、使えるな、って思う。
なんのかんのいいながら、頼んだことはやってくれるから。
それに引き換え。
「三蔵、そこ、どいて。邪魔」
一人、優雅にお茶を飲んでいる三蔵を追い立てる。
が、知らん顔。
あくまで自分のペースを崩すつもりはないらしい。
「終わったぞ。そっちのもやるか?」
むっとしてたら、悟浄から声がかかった。
「あ、いい。そっちのは薔薇だから」
触れれば、枯れてしまう。
その事実に、この人たちは本当に『人』とは違うんだな、と思う。
「で、これはなんなんだ? パーティでもやるのか?」
「教会でそんなのするわけないじゃん。今日は八戒の誕生日なんだ」
「誕生日?」
「そ。……って、誕生日ってわかるよね?」
そういえば、吸血鬼ってどうやって生まれてくるんだろ。
聞いたこともなかったけど。
誕生日って概念はあるのかな。
「わかるに決まってんだろ。うわぁ、誕生日か。ったく、なんで前もって教えとかないんだよ」
「んなこといわれても……」
悟浄は失敗した、とかなんとか呟いている。
「知ってたら、プレゼントを持ってくるつもりだったの?」
「当たり前だろうが」
……当たり前なんだ。
悟浄って結構マメかも。
「でも個人的なプレゼントは受け取らないんで、ちょうど良かったです」
と、戸口から声が聞こえてきた。
八戒だ。
これでいったい何個目だろう。またまた花束を抱えている。
「ってどういうこと?」
さりげなく花束を渡された悟浄が聞く。
当たり前のように受け取るところがなんか本当に使われてるよな、とか思ってしまう。
俺が言うのもなんだけど、ちょっと不憫かも。
「ここにあるのは、教会宛で僕個人宛ではないんですよ」
にっこり笑って八戒がさきほどの悟浄の質問に答える。
そうなのだ。
誕生日だというのに、この日、八戒は個人的に渡されるプレゼントは受け取らない。
「教会宛なら受け取るけど、個人宛のは受け取らないってか? なんでまたそんなややっこしいことを」
「僕はこの身を神に捧げていますからね。個人的な好意は受けられないんです」
「ふぅん」
なんだろ。
悟浄はなんだか、『不敵』とでもいうような笑みを浮かべる。
そして。
「そういわれるとますます落としがいがあるな」
八戒にすっと近寄ると、頤に手をかけた。
「落とさなくて結構。あんまり煩くすると消しちゃいますよ」
パシン、と手を振り払い、にっこりと笑みを返して八戒がいう。
って。
「えぇ?! なに、それ?」
びっくりして思わず叫んだところで、チャイムの音がした。
「はいはい」
動じた様子もなく、まったく普通に八戒が応対に出て行く。
「今の、なに?! 悟浄ってば八戒をっ?!」
で、悟浄に詰め寄る。
「あー、うっさいなぁ、お子ちゃまは」
悟浄が髪をかきあげながら言う。
と、後ろから声がかかった。
「なんだ、気づいてなかったのか。河童は最初からあぁだぞ」
三蔵だ。
相変わらず優雅にお茶を手にして言う。
「えぇ? 最初から八戒狙いってこと?! だって綺麗なお姉さん達は?」
「綺麗なお姉さん達は一夜の夢」
「むぅ。そういういい加減なのは八戒、キライだと思う。それにどうせ八戒が綺麗だからとか優しいからとかそういう理由なんだろ」
「ま、確かに綺麗だし、それも理由のひとつとは認めるがな」
「他にも理由があるの?」
「神さまに身を捧げると言っておいて、神さまを信じていないところ」
にっと笑って悟浄がいう。
「すべての人を愛せと言っておきながら誰も愛していないところ。矛盾だらけで良いと思わないか」
その答えに、ますます、むぅと思う。
人の良い笑顔ですべてを覆い隠しているから。
そんなことに気づく人なんて今までいなかったのに。
「悟空、すみません。今年は花が多いみたいで。これで最後だとは思うんですが、花瓶、足りますかね?」
言いながら花を抱えて八戒が戻ってきた。
「大丈夫。水が入ればなんにでも生けられるから」
言って受け取った花をそのまま悟浄に渡す。
また、俺かよ。
そんな風にぶつくさいってる悟浄のわきを通り過ぎて、テーブルにおいておいた包みを取り上げた。
「八戒。はい、これ」
別にもっとあとでも良かったんだけど、なんだか一段落しそうな雰囲気だし、それに思うところもあって、いま渡してしまうことにする。
八戒へのプレゼント。
「今年はりんごのケーキにしてみた」
「ありがとうございます。大切に食べますね」
受け取って、八戒が輝くような笑みを浮かべた。
「って、それはなし。前みたいにカビちゃうとたいへんだから」
八戒がくすくすと思い出し笑いをもらした。
「あのときは本当に嬉しくて。でももったいないことをしました。別に食べても大丈夫でしたのに」
それはずっと前の出来事。
そのときに渡したのはクッキーだった。
もったいないと言ってずーっと食べてくれなくて、でもそのうちにカビが生えてきちゃって。
そうなってからそれでも食べると言いだしたのを、必死に止めた。
「絶対大丈夫じゃなかったから。そんなことにならないよう、忙しいとは思うけど、それ、合間に食べてね」
そして八戒ではなく悟浄の方を見る。
へへんって感じで。
「個人的なプレゼントは受け取らないけど、小猿ちゃんはトクベツってわけね」
正しく意図を察した悟浄が、ため息をつきつつ言う。
「そ。俺はトクベツ」
そういって胸をはってみせる。
だから、そう簡単には渡せない。
悟浄はいいヤツだってことは知ってるけど。
これはたぶん子供じみた独占欲なんだろうけど。
「悟空」
そんなことを考えていたら、八戒にふわんと抱きしめられた。
と同時に、ガタンという音ともに目の端に三蔵が立ち上がるのが見えた。
「実は、今日はもうお休みなんです。久しぶりにご飯を食べに行きませんか?」
言いながら八戒は、伸びてくる三蔵の手を、するりと自然に――本当に自然にかわす。
「えぇっと」
空を掴んだ手をそのままに、なんだかすごい顔で三蔵が睨んでる。
なのに、八戒はどこ吹く風って感じで話し続ける。
「たまにはふたりで食事っていうのも良いでしょ? このところゆっくりお話をしてませんし」
ちょっと寂しかったんですよ、と続けられて、そういえばそうだったな、と思う。
前はもっとここで過ごす時間が多かったんだけど。
三蔵が来てから、ここに入り浸ってる三蔵を迎えに寄ってはいるけれど、ゆっくりと八戒と話す時間ってあまりなかったように思う。
それに今日はトクベツな日だし。
「うん、いいよ」
だからそう答えたんだけど、三蔵の方の機嫌はますます悪くなり、眉間の皺がさらに深くなった。
「さ……」
「じゃ、行きましょうか」
声をかけようとしたら、いきなり方向を変えさせられた。
「え? 今すぐ?」
「はい」
にっこり笑って八戒が言う。言ってる合間にももう戸口に向かい、それから。
「あ、悟浄。その辺、適当に片付けておいてくださいね。なんでしたら、薔薇は三蔵とふたりで食べちゃってもいいですから」
と、八戒が部屋のなかに向かって声をかける。
「ごめん、三蔵、お土産買ってくるから」
ほとんど引きずられるようにして出て行くなか、辛うじて三蔵に声をかける。
最後に見たのはものすごく不機嫌な顔。
うーん。おかしいな。悟浄にちょっとした嫌がらせをしてやろうと思っただけだったのに、なんだってこんな結果になってるんだろ。
帰ったらたいへんかも。
思わずため息が出る。
でも、ま、今日の主役はこっちだしな。
見上げた顔が、久しぶりに見る楽しそうな笑みを浮かべていて。ま、いっかと覚悟を決めた。