Addiction(50)


司祭館の一角に、神父が生活の場として使っているところがある。

そこの一室の扉をそっと開いた。

きちんと片づけられて、ベッドと机の他にはなにもない部屋が目の前に現れる。
なかに入ってベッドに座ると、スプリングが軋む音がした。
が、埃ひとつたたない。

この部屋はずっと使われていないはずなのに、八戒が綺麗に掃除をしてくれているのだろうか。
ここにはなにひとつ思い出となるものは残っていないはずなのに――でもなんだが安堵するような、そんな気持ちに包まれた。

かつてここは俺の部屋だった。

俺は赤ん坊の頃、この部屋からも見える大きな桜の木の下に、捨てられていた。
それを先代が拾って、そのままここで育てられた。
だから物心ついたときからずっとここで過ごしてきた。

でも代替わりをし、いまの神父は八戒なのだから、この部屋も八戒の好きなようにしていい、と言ったのに。
もうここに戻ることはないから、と言って出て行ったのに。
それでも八戒はここをそのまま残しておいてくれた。

――ここはあなたの家なのですから。

八戒がよくいう言葉が頭のなかに蘇る。

あぁ、そうか。
その通りだな、と思う。

ずっと意識しないようにしていたけれど――自分に帰れる場所があるなんて思わないようにしていたけれど、でも心の奥底でここがここのまま残っていることが、自分にとって拠り所みたいになっていたのだと気づく。

ふっ、と息をついて、そのまま仰向けに倒れた。
今の自分の部屋より余程見慣れた天井が目に入る。

今日はバイトが休みの日で、部屋でぼぉっとしていたところに八戒から電話がかかってきた。
本部からの急な呼び出しで教会を空けることになったが、荷物が来る予定なのでそれを受け取ってほしいということだった。

教会につくと、待っていたかのようにバタバタと『明日には帰ってきますので』と言って八戒が出て行った。
その後ろ姿を見送っていて、ふと三蔵のときと同じような感じがして、胸が騒いだ。

このまま会えなくなるかも――。

でも、そんなことはない。
そんなことがあろうはずがない。
なんだかちょっと過敏になっているだけだ。

そう自分に言い聞かせたけど、落ち着かなくて。
普段だったら、もう決別した場所だからと絶対に足を踏み入れないここの扉を開けた。

目を閉じると、父、とも呼べる人の、柔らかな笑顔が浮かんだ。

無意識のうちに胸元に手をやる。
そこにさがっている十字架に。

――大丈夫ですよ。

いつでもそうやって微笑んでくれたその人のことを思い出し、ともすれば流されてしまいそうになる不安と必死に戦った。