Small Party


教会の裏庭にと続く段々に座っていた。

視線は裏庭に向けていたが、その実、なにも見てはいなかった。
確かめるように首筋に指を滑らせる。

といって、それでなにがわかるというわけでもないのだけど。
もともと自分では見れないし、それに――。

ふっ、とため息をつく。

三蔵……。

ずっと、ただその名前だけが頭の中を巡っている。

「悩ましいため息だな」

突然、重苦しさを吹き飛ばす明るい声がした。
振り返ると、戸口に悟浄が立っていた。

「悟浄」
「どうした? 三蔵と喧嘩でもしたか?」

にこにこと笑っていう言葉に少し驚く。

「……三蔵と一緒じゃなかったの?」
「へ?」

鳩が豆鉄砲を食らったような表情が浮かんだ。

「だって、このところ悟浄も姿を見せなかったから、二人してどっかにいったのかと――」

そう説明すると、今度は悟浄の顔が少し険しくなった。

「あいつ、いないのか?」
「うん」
「どのくらい?」
「一週間くらい……」

痕が消えないうちに帰ってくるっていったのに。
無意識のうちに首筋に手をやる。
そこに痕を残して、三蔵が出かけてから一週間。
もうとっくに痕は消えてしまったのに、どうして――。

「ったく、しょーがねぇやつだな」

くしゃりと髪をかきまぜられ見上げると、悟浄が安心しろとでもいうような笑みを浮かべていた。

「探してちゃんと連れ帰ってきてやっから、そんな顔、すんな」
「……ご、じょ……」

視界が歪む。
そろそろ限界だった。

ちゃんと帰ってくるといったのに、三蔵は帰ってこなくて。
考えてもみれば、その言葉だけが全てで。
確かなものなど、なにひとつない。

その存在すら――。

このまま帰ってこなければ、あやふやになって消えてしまいそうで。
とても――怖かった。

知らないうちに失ってしまうのは、とても怖い―――――。

「小猿ちゃん」

と、唐突に、むいっと両頬をつかまれてひっぱられた。

「ひゃ、に……」

突然の意表をつく行動に抗議しようとするが、うまくしゃべれない。

「らしくない顔すんなって。ちゃんと連れ戻してやるっていってんだろ? 悟浄さんを信じなさい」

悟浄はにやりと笑うと、ぱっと手を離した。

「もう、なにすんだよ!」

すかさず、頬をさすりながら噛みつくように抗議すると、楽しそうな笑い声があがった。

「そう。それでこそ、俺の知ってる小猿ちゃん」
「悟浄……」

ぽんぽんと、撫でるように軽く頭を叩かれた。

「では、早速、行ってきますか」

くるりと、悟浄は背を向ける。
が。

「悟浄、待って。八戒に用事があったんじゃない?」

慌てて呼びとめる。
自分のことで頭がいっぱいで、ようやくそのことに気がついた。

「出かけてるんだろ?」

さらりと返ってきて驚く。

「うん、そうだけど。だれかに聞いた?」
「いたら、お前にそんな顔をさせっぱなしにしとかないだろ。なによりも大切に想っているからな」

浮かぶ笑みが微かに寂しそうだと思うのは気のせいだろうか。

「八戒が大切に想ってくれているのは、確か、だけどね……。でも、なによりも、っていうのは、少し違う」

立ち上がり、パタパタとズボンの埃を払って。
少し近い目線になって見上げると、悟浄の驚いている表情がよくわかった。

「八戒がなによりも大切にしているのは、いまはこの世にはいない人。俺は、いま、生きている人のなかで一番大切にされているだけ。なによりも大切にしている人の位置が変わることはないと思うけど、いま、生きている人のなかで一番大切、っていうのは変わりようがあると思うよ。ま、そう簡単に譲らないけどね」

にっと笑っていってやると、悟浄はちょっと嫌な顔をした。

「八戒、日曜のミサには間に合うように帰ってくるっていってたから、明日には帰ってくると思うよ。俺は大丈夫だから、それからにしたら?」
「いや、明日じゃ意味ねぇし……」
「へ? 約束でもしてたの?」
「あ、や、別に」

意味がない、とぽつりと呟いた台詞はどうやら失言だったらしく、悟浄は少し困ったかのように眉をひそめる。

「じゃあ、なに?」

なんとなく面白くなって、じっと見つめていたら。
悟浄は観念したかのようにため息をついて、髪をかきあげた。

「今日は俺の誕生日なの」
「え?」
「そういうトクベツな日は好きな人と過ごしたいってゆーオトメ心は、がさつな男にはわかんないワヨネ」

気恥かしさを隠すためか、ちょっと身をくねらせて、オクターブ高い声で悟浄はいう。

「乙女じゃねーだろ、気色悪い声だすなよ」

思わず突っ込みをいれてから。

「ってか、悟浄、誕生日? 吸血鬼にも誕生日ってあんの?」
「あのなぁ。俺たちがどうやって生まれるって思ってんだ?」
「え、えと……」

正直、よくわかんない。

「だって、血を吸われると吸血鬼になるとかあるじゃん」
「ねぇよ。そりゃ、お話のなかのことだろ。だいたい、実際、お前は吸血鬼になったのか?」
「なってない……」
「そういうことだ。ま、いい機会だしな、いちお、いっとくが、吸血鬼にも双親はいるぞ」
「そうなの?」
「いろんなイメージが蔓延してるだろうが、少なくても『この世のものではない』というわけではない。たぶん『人』の亜種だ。交配可能だしな」
「え?」
「……お前もしてるだろうが」

いわれて、一気に頭に血がのぼる。

「ま、それはさておき、血を吸ったときにそういう気分にさせる、ってのは、種の保存のためだと思う。吸血鬼同士が双親の出生率はかなり低いからな。こんなことをいうと、頭の固いジジィどもは嫌がるが。『人』は餌であり、快楽は隷属させるための手段だと思いこんでるからな」

人は餌――。

「んな顔すんな。ジジィどもは、っていっただろ」

くしゃりと頭をかきまぜられ、悟浄を見あげる。
しばらくその顔を見ていて、ふと思いついた。

「悟浄は、純粋な吸血鬼ではない、の?」
「当たり」
「三蔵は……」
「あれは混じりっ気なし。純粋中の純粋な血筋だというのに加え、特殊な能力と長い寿命を持ってる」
「え……?」

驚く。
特殊な能力も、長い寿命も、吸血鬼の特性ではない――?

「ま、その辺のことは、三蔵が話したくなったら話すだろう」

やんわりと話題を逸らされる。

「さて、と。行ってくっから、イイコで待ってろ」
「――って、ちょっと待って!」

いろいろ考えすぎてぼーっとしてたが、改めて歩み去ろうとする悟浄の腕を慌ててつかんだ。
悟浄は訝しげな顔でこちらを振り返った。

「誕生日のお祝いをしよう」

そう切り出すと、訝しげな表情がますます深くなった。

「俺じゃ八戒の代わりにはなれないから、その点、意味ないかもしれないけど、誕生日はお祝いをしなくちゃ」

以前、八戒の誕生日のときに、悟浄は知ってたら誕生日プレゼントを持ってきたのに、といっていた。
きっとちゃんと祝う習慣があるのだろう。
なら、ちゃんと祝わなくちゃ。

「……サンキュ」

しばらくして悟浄が浮かべたのは、今までに見たことのない子供のような笑顔だった。