一人で生きていけるだけの強さを持たなくては、と思っていた。

大切なものを守るためには、ちゃんと自立していなければできないから。
他の人を当てにしていては、譲れないものは守れないから。

だから、そうやって生きてきた。

一人でもやってきた。
一人でも大丈夫だと思っていた。





なのに。


どうしていま、こんなにも心もとない気がするのだろう―――――


Turning Point (1)


教会の司祭館に来ていた。
しきりと恐縮する代行の神父に、大丈夫ですから、と声をかける。

八戒が教会の用事で出かけてから二週間以上がたっていた。
もう十二月も近くなってきているというのに、まだ帰れる見込みがたっていないという。

十二月は世間一般も忙しい月だけど、教会も忙しい。
そこまで八戒の仕事が延びるかどうかはわからないが、万が一に備えていろいろ前もって話を聞いておきたいというので、呼び出された。
話をしたのは教会の飾りつけに使っている花のことで、クリスマスの時期は例年どんな飾りつけをしているのかとか、花材の発注の仕方とか、そういうことだった。
割と時間がかかり、ひとしきり説明し終わった頃には、だいぶ遅くなっていた。
またもや恐縮する神父に、気にしないでくださいといって帰ろうとしたんだけど、話に夢中になっていて出し忘れていた美味しいケーキがあるから、お茶を飲んで帰りませんかといわれ、ちょっとだけ残ることにした。

出されたケーキは確かにすごく美味しくて、褒めると神父はふわりと笑みを浮かべた。
神父ってそういうところ、皆、いっしょなんだろうか。
それは八戒と、もう一人。
俺のよく知っている人に似ていた。

それにしても、神父というと、代行であっても少し年がいった人を思い浮かべるものだろうけど、この人は見た目がとても若い。
というか、話をしてみたら、八戒とあまり歳が違わないのがわかった。

八戒が神父になってこの教会を任されたとき、いろいろな経緯を差し引いても、年若いのにかなり優秀だったから、というのを噂できいたことがある。
この人も代行とはいえ、こうして一人で派遣されてくるということは、相当優秀なのかもしれなかった。

それは、いつになく穏やかな時間だった。
このところ、ずっと忘れていた感覚だった。
心地良さに思いもかけず長居をしてしまった。暇を告げると、神父は戸口まで見送ってくれた。
もうすっかり辺りは暗くなっていた。
挨拶をして帰ろうとしたところで、ふいに気づいたように神父が口を開いた。

「そういえば、あなたはこの教会で育ったようなものだと聞きました」
「え……えぇ」

なんでいきなりそんな話が出るのかよくわからなかったが、とりあえず返事をする。

「捨て子だったところを、前の神父に拾われた、と。だからですか? 前の神父が亡くなったときにこの教会もなくなるところだったのを止めるよう訴え、今もなお毎月、あなたにしてみればかなりの額をこの教会に寄付しているのは」

いわれたことの内容に少し戸惑う。
それは事実だけど、結局なにがいいたいのだろう。

「あの……、それがなにか?」
「あぁ。すみません。ただ不思議だな、と思いまして」

すっと手が伸びてきて、手首を捕まえられた。

「世間知らずの子供というわけではなく、どちらかといえばいろいろと苦労をしているのに、どうしてそんなに素直でいられるのか、と」

ふわりと、また神父は笑みを浮かべたが、今度のはどこか違っていた。
なんだろう。
なにか嫌な感じを受ける。

「素直で、柔軟。どんなものでも受け入れられる」

歌うようにいう神父の言葉に重なって、ふと、三蔵の顔が目の前に浮かんだ。

ここは教会。
八戒は大丈夫だったけど、でも、他の神父も皆、三蔵を受け入れてくれるとは限らない。
あの人は吸血鬼なのだから。

それに気づき、掴まれている手首を取り戻そうとしたが、凄い力で掴まれていて離せない。
それでも逃れようとすると。
急に、手首をひかれた。
バランスを崩して、倒れそうになる。
それを、神父に支えられた。
抱きとめられるように。

「そして、とても無防備だ。あれだけ苦労しているのに、どうしてこんなに素直で無防備でいられるのでしょう」

耳元で声がする。
それは、どちらかというと甘く囁くような声で。
とても神父とは思えないその声の響きがあまりに意表をつきすぎて、一瞬、思考と行動が停止する。
が。

「っ!」

ちくりとした痛みが首筋に走り、びっくりして突き飛ばした。
押さえる首筋に生暖かな感触。
そして、目の前の神父の口元に。

赤い、血――。

目の前が真っ白になるほどの衝撃。

なんで―――――?

「なぜ、という顔をしていますね。ですが、わたしも問いたいです。なぜ、あの方があなたのような人間に執着するのでしょう。確かにいまどきまれに見るほどの素直な心の持ち主だ。だけど、ただそれだけのことではないですか。ここしばらくあなたを見ていましたけど、あの方をあれほど惹きつける理由を見出すことができませんでした」

神父は唇についた血を舐め取る。

「この血。結局のところ、あの方が執着するのはあの方の好みというこの血だけのこと。それ以外はなにもない。でしたら、話は簡単です。作り変えてしまえばいい。あの方のためにも」

神父は、だれかに聞かせるためというよりは、自分に向かっていっているように呟く。
静かな言葉に、秘められた狂気のようなものを感じる。

ダメだ。
ここにいちゃ。

「逃げられませんよ。わかっているでしょう」

すっと手があがる。
こちらに向かって伸びてくる。
ドキン、と。
心臓が跳ね上がった。

「わかるでしょう。その熱。鎮めてもらうまでは身の内に留まり続ける。一度、快楽を知ってしまった体には辛いことでしょう」

体に力が入らない。
崩れ落ちてしまいそうになる。

「楽になりましょう。また違った快楽を与えてあげますよ」

優しく、蕩かすような囁き声。
だけど。

「イヤ、ダ……」

意思の力を総動員させて、口を開く。
言葉にすることで、己を叱咤するためにも。
でないと、急速に膨れ上がってくるこの熱に、なにもかもを支配されてしまいそうになる。

それは嫌だ。
絶対に、嫌だ。

爪が皮膚に食い込むほど、ぎゅっと手を握り、霧散しそうな意識を呼び戻す。
そして。
深い闇のなか。
身を翻して教会に向かって駆け出した。