Turning Point (4)


柔らかな朝の光に目が覚めた。
凄く静かだった。
時間はわからないが、まだ早いのだろう。
体が重く、だるいのは、昨日の行為のせい。
だけど、なんだかさっぱりとした感じがしている。それは三蔵が後始末をしてくれたからだろうか。
途中で意識を失ってしまったからよくはわからないけれど。

昨日、無理やり高められた熱を何度も解放してくれた。
自分が与えた熱ではないのにちゃんと抱いてくれたのは――最後、だからだろうか。
思わず嗚咽が込みあげてきて、慌てて押し留めた。

――三蔵。

そっと起き上がり、まだ眠るその人を見つめる。
眠っていてもすごく綺麗。

このまま。
もう少しだけ、このままちゃんと見つめていたい――。

そう願うけど。
微かに三蔵の睫毛が震えた。
そして現れる、夜明け前の空のような紫暗の瞳。

「……どう……した?」

ゆっくりと手がこちらに向かってくる。
捕まえられ、引き寄せされて、その胸に崩れ落ちる。

「なにを泣く?」
「三蔵……」

ぎゅっと、その胸にすがりつく。

「安心しろ。もう、こんなことは絶対起きねぇから」

三蔵の声が頭の上から降ってくる。

それは。
もう、俺がこの人の糧ではなくなったから。
もう、この人がここにいる理由はなくなったから。

なんで――。

なんで、もっと気をつけなかったのだろう。
知らなかったわけではないのに。
警告もされていたのに。

どうして――。

「や、だ……」

ぎゅっとしがみつく。

「悟空?」

困惑したような声を無視していい募る。

「やだ。どこにもいかないで。ここにいて」

そんなことをいっても、無理だとういうのはわかっている。
血を得ることもできないのに、三蔵がここに留まる理由はない。
糧でしかないことはとても悲しかったけど、でも、いなくなってしまうよりはずっと良かった。

そう。
糧でもなんでもかまわなかったのに。
そばにいられればそれで良かったのに。

本当に、どうして――。

取り返しのつかない想いと後悔が胸を焼く。

「……悟空――?」

引き離そうとするかのように、頬に手がかかった。
頭を振ってそれを外し、ますますぎゅっとしがみついた。

「やだ、やだ、やだ」

まるで駄々っ子だ。
どこか遠くで、そんなことをぼんやりと思う。

泣いても喚いても、どうしようもないことがあるのは知っている。
いくら強く望んでも、叶わない願いがあるのも知っている。
でも、それでも願わずにはいられない。

だけど――。

ふっ、とため息のように三蔵が息が吐き出したのがわかった。
ドキンと心臓が跳ね、指先が冷たくなる。

最後、だ。
これで最後。
もう二度と、会えない――。

しがみついていた手を離し、のろのろと起き上がった。
つられたように起き上がってくる三蔵をまっすぐに見つめる。

ちゃんとその姿を目に焼きつけておきたかった。
その姿だけは自分のなかに持っていたかった。
微かに、三蔵が息を呑んだのがわかった。
伸ばされた手がそっと頬にかかる。
そして――。

「三……蔵……?」

唇に触れた柔らかな感触に戸惑う。
これは――どういう意味だろう。
最後だから―――?

「なにを誤解しているのか、知らないが」

引き寄せられ、ふわん、と抱きしめられた。

「いまさら、手放せるわけがないだろうが」

抱きしめられた腕の強さは確かなもので。
混乱しつつ、おずおずと顔をあげると、綺麗な紫の目と目が合った。

「俺が離れていくと思ったのか?」

静かに三蔵が聞いてくる。

「……だって」

なにがなんだかわからなくなってきて、ぽろぽろと涙が溢れてくる。

「もう俺は必要ないし」

いうと三蔵の眉間に皺が寄った。

「なんでいきなりそんな話になる」
「だって、血……。この血は、もう――。他の吸血鬼に血を吸われたら変化するから、もう三蔵には意味がないものだから――」
「……ヘイゼル、か」

その名に身が竦む。
三蔵と、親しい人。
三蔵に、一番近い人――。

「関係ねぇよ」

腕に力が入って、ぎゅっと抱きしめられた。

「そんなのは、関係ない。こっちはもう初めから、お前が嫌がろうがなにしようが、手放す気はねぇんだよ」

その言葉に驚く。
驚きすぎて、本当に聞いたのかどうかさえ定かでなくなっていく。

「……初め、から……?」
「あぁ」

あまりに混乱している様子が顔に出ていたのか。
微かに三蔵の顔に笑みが浮かぶ。

「手放す気はねぇから、覚悟しろよ」

言葉とともに、もう一度、唇が重なってくる。
それは、なぜかとても温かなものに感じられ。
確かなぬくもりに包まれていくのを感じた。