Detour


「なんだ、それは」

両手で抱えるほどの薔薇の花を持って帰ってきた俺に、三蔵は微かに眉をひそめた。

「……思いつかなかったんだ」
「は?」
「だって、今日、三蔵の誕生日だって聞いたから――」
「……バ河童か」
「うん」

三蔵の言葉には、ちょっとなんかヘンな形容がついてる気がするんだけど。
今日、教会に寄ったら悟浄がいた。
代理の神父の件があってから、初めて悟浄を見かけた。
やっと帰ってきたんだ、と思った。
『帰る』なんて、悟浄にとっては違うかもしれないけど。
でも、いつの間にか、悟浄もここにいて当たり前の存在になっていた。

悟浄は、直前まで八戒となんか難しい話をしていたみたいだった。
内容は全然わからないけど、ふたりとも深刻そうな顔をしていたから。
なにかあったのかと聞いたけど、教えてくれなくて。
代わりのように、今日が三蔵の誕生日だということを教えてくれた。

「三蔵、なにもいわないから知らなくて」
「それは、お前のときも一緒だろ」

いわれてそういえばそうだったと思い出す。
でも、あのときとはちょっと違うと思う。
気持ち的に。
といっても。

「……なにが欲しいのか、わからないし」

それは……なんとなく胸が痛い。
俺はなにも三蔵のことをわかっていないようで。

「欲しいものなら、ひとつしかねぇよ」
「なに?」

三蔵の言葉に飛びつく。
それを教えてくれるならと思って。
だけど。

「お前」
「……え?」

いわれた言葉が脳に到達するまで、たっぷり三秒はかかった。

俺?
俺って――?

その意味を取りあぐねていたところ、いきなり腕を掴まれて引かれた。
薔薇の花が床に散らばる。

「その身も心も寄越せ」

腕の中から見上げる紫暗の瞳は怖い真剣な光を湛えている。

「このひと時で構わないから――」

ひと時――?

「さ――」

問いかけようとした言葉は、重ねられた唇に遮られた。
押されて床に倒れこむと、むせかえるような薔薇の香に包まれた。





「や、あぁぁっ」

自分の声が、遠く、近く、どこか別のところから聞こえてくるような気がする。
いつもは意識を飛ばして、快楽に身を委ねてしまうから。
正直、圧倒的な快楽以外、自分がどんなだかなんて、覚えちゃいない。

だけど。
いまは意識の一部が残っていて。
どういうわけか、それがいつも以上の快楽を引き出しているようだった。
些細なことにさえ、反応してしまう。

「悟空……」

吐息混じりに囁きかけられる、そんな声にさえゾクゾクとした感覚が走りぬける。
もうどうしたらよいか、わからなくて。
逃げ出したいのに、三蔵は許してくれなくて。
ただ泣いてすがって、その名を呼び続けた。

やがて、とても近くに三蔵を感じながら、意識を手放してしまうまで――。
意識が白い闇に包まれる直前に見た三蔵は、なぜかとても悲しそうな顔をしていた。





さらり、と頭を撫でられた。
ふっと意識が浮上する。

だるい。
指一本も動かさない感じ。

ただ、火照った体はそのままで。
意識を失っていたのは、ほんのちょっとの間らしかった。

「……悪かった」

囁くような小さな声が聞こえてきて、びっくりしてそちらに目を向けた。
三蔵が、静かにそこにいた。

「もう少しだけ我慢しろ」

三蔵の腕が伸びてくる。
きっと風呂場に連れていってくれるのだとわかった。

だけど。
その手を押しとどめるように、腕に手をおいた。
と。
三蔵の目に傷ついたような光が浮かんだ。

違う。
そうじゃない。
こんな顔をさせたいわけではなくて。

というか、ずっと三蔵はそんな表情をしていて。
その意味を問いたかったのだけど。
でも。
もしかしたら。

「……す……き」

すっかりと掠れてしまって、そのうえ喉がカラカラに乾いているから、さらに出にくくなっている声をどうにか出そうとする。

「だ……い、すき」

一瞬、三蔵の目が見開かれる。
そして。
ふわりと起こされて抱きしめられた。
微かに三蔵が震えている、と感じるのは気のせいだろうか。

なんとなく。
ずっと。
ずっと、この人も俺と同じような不安を抱えていたのかもしれない、と思った。
糧であることは、対等な関係になりえないから。

「だいすき」

もたれかかりながら、もう一度ささやく。
この腕のなかはとても心地よくて。
なんだか、とても長い回り道をしたような気がした。