ぎゅ


カタン、と小さな音がした。

三蔵はふと仕事の手を止めるが、音は一度きりで、しかも本当にあったかどうかわからないくらいの小さな音で、あまり気にも止めずにまた仕事に意識は戻る。
普通ならそのまま仕事を続けて、そんな音がしたことなど忘れてしまうのだが。
なぜか意識が引き戻された。

なぜか――というか、理由はわかっている。

横を見ると、襖が少し開いているのが見えた。そして、目を向けるとともにパッと茶色の頭が引っ込んだのも。
三蔵は微かに溜息をつくと立ち上がった。

仕事に使っている小さな部屋の隣は和室で襖で区切られており、寝室にしていた。

すでに真夜中は回っている。
隣では悟空がぐっすり眠っている――はずだったのだが。

スッと襖を開けると、すぐそこに座り込んでいた悟空がびっくりしたように顔をあげ、それからわたわたと布団に戻ろうとする。
さっき覗いていたのがバレていないと思っていたのだろうか。
どちらにしても、いまさら布団に入ろうとしても遅い。


「どうした?」


声をかけると、悟空は三蔵の方を振り返った。
なんだか泣きそうな顔をしている。

ちゃんと悟空が寝たのは確認してから仕事を始めた。
ので、これは途中で起きてしまったのだろう。
一度寝てしまえば朝まで起きない悟空にしてみれば珍しいことだ。


「……さんぞぉ」


三蔵が怒っていないことがわかったのか、悟空はとてとてと近づいてきて、ぎゅっと膝の辺りに抱きついてきた。


「どうした?」

「怖い夢、見た」


もう一度問いかければ、さらにぎゅっと抱きついてきた。

なんの夢を見たのかはわからないが、ここまで強く抱きついてくるとは本当に怖かったのだろう。
三蔵が仕事をしているときは邪魔してはいけない、と思ったのか。
たまに子供らしくない気遣いをする。

いや、気遣っているわけではなく、感覚的に嫌がることがわかるのだろう。
意外にも人の心の動きに聡い子供だ。


「大丈夫だ」


ぽんぽんと軽く頭を撫で、それから三蔵は屈んで悟空と同じ目線の高さになる。


「ここにいる」

「うん」


改めて抱きついてくるのをぎゅっと抱きしめ返すと、少しは落ち着いたようだった。
三蔵は悟空を抱き上げて、布団にと戻す。


「さんぞ」


が、寝かしてやると、まだ少しだけ不安気に名前を呼ばれた。大きな金色の目がじっと三蔵をみつめている。

三蔵は手を伸ばして、そっと頭を撫でた。


「寝るまでいてやる」

「うん」


小さな手が差し出される。


「ぎゅ、して?」

「あぁ」


手を握ってやると、ようやく安心したかのように悟空は目を閉じた。

やがて寝息が聞こえるまで、三蔵はゆっくりと悟空の髪を撫で続けていた。