雨降り


朝起きると、窓の外はどんよりとした曇り空だった。

今日は日曜日で、幼稚園はお休みだ。
なんのかんのと押しかけてくる八戒も悟浄も今日は日曜だというのに仕事が入っていて来れない予定になっていた。
多少は悟空の相手をしなくてはならないか……と思うが、当の悟空は、朝ごはんを食べたあと、お絵描きの道具を広げて窓の外をじぃーっと眺めている。

大人のなかで育っているせいか、もともと悟空はひとり遊びが得意だ。
少し分別がついてきたし、ひとりで遊ぶ気になっているようなので、このまま放っておいても大丈夫か、と思う。
三蔵は少し悟空の様子を見守ってから、居間に悟空を残して仕事部屋にと入っていった。

どのくらい時間が過ぎただろう。


「さんぞ、さんぞ!雨!」


悟空の声で、三蔵は机から顔をあげた。

三蔵と悟空はふたり暮らしなのだが、小さい子供のいる家庭の常で洗濯物が多い。
だから、今日も天気は怪しかったが、予報では夕方まで降らないといっていたし、外に洗濯物を干していた。
ので三蔵は慌てて立ち上がった。

二階に駆けあがり、洗濯物を取り込む。
降り出してすぐのことでしかも軒のあるところに干していたので、なんとか雨にあたらずにすんだ。
ほとんど乾いているのもあったが部屋のなかに干し直し、また階下に降りていくと、階段の上がり口のところで悟空が待っていた。


「よく教えてくれたな」


ぽんぽんと三蔵は悟空の頭を軽く叩くようにして撫でる。
と、へにゃ、と褒められて嬉しそうな笑みが浮かんだ。


「さんぞ」


それからまとわりつくように腕を引っ張られる。


「あのね、あのね。かえるさーん」


ぐいぐいと引っ張られる。
庭に蛙でもいたのだろうか、とも思うが。


「はっかいがこの間買ってくれたやつー」


そう言われて、はたと思い出す。
そういえばこの間八戒が、悟空のためにと合羽と雨靴を買ってきていた。
それの色が緑色だったはずだ。
確かに蛙を連想させるような色だった。


「お外、行く!」


外に出たいというよりは、新しい合羽が着てみたいのだろう。
三蔵は廊下を歩いていき、窓が見えるところまで行く。

外は先ほどよりも雨足が強くなっている。
こんななか外に出したら、泥だらけになってしまうのではないだろうか――一瞬、そんなこと考えるが。


「さんぞぉ」


強請るようにべったりと貼りつき、小首を傾げるようにして見上げてくる顔に、三蔵は小さく溜息をついた。

少しの間、大人しくしていてくれたおかげで仕事は捗っている。
その分、付き合ってやってもいいのではないか、と思う。

そんなことを考える自分を我ながら甘いとも思うが。


「ちょっと待ってろ」


仕事場の奥の部屋――寝室にあててる部屋の箪笥から、緑色の雨合羽を探し出す。
持っていってやると。


「きゃーい」


両手をあげて悟空が喜ぶ。


「こら、暴れるな」


よほど嬉しいのか、じっとしてられずに体を動かす悟空に雨合羽を着せてやる。
と。


「……蛙?」


三蔵は少し眉根を寄せた。
合羽は本当に蛙で――フードのところが蛙の顔になっていて、まるで着ぐるみのようだ。

そうすることになんの意味が……などと考えてしまう。
が。
にこにこと笑う悟空は本当に嬉しそうで――こんな格好も大層可愛らしい。


「お外、行ってくる!」


ぱたぱたと悟空は居間の窓に向かって走り出す。
カラカラと開けてそこから直接、庭に出ようとするが。


「こら、待て」


三蔵が止める。


「ちょっとそこで待ってろ」


座らせて待たせている間に、靴箱から長靴を持ってくる。


「ほら」


長靴を履かせてやり、そして外にと送り出す。
ぽん、と身軽に地面に飛び降りた悟空が早速、その辺を走り回る。

庭に溜まった水が跳ねるたびに、嬉しそうな笑い声をあげる。
水が跳ねるのが楽しいのか、一通り駆けまわった後でわざと水たまりに足を突っ込み、パシャパシャと水を跳ねかす。

弾けるように笑う悟空を見つめ、なにがそんなに楽しいのだろうと三蔵は思う。

ただ雨が降っているだけで――。

だが。
そんな三蔵の口元には微かに笑みが浮かんでいた。





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