節分
突然、小さな影が飛び込んできた。
なにごとだ、と思う間もなく、膝のうえによじ登ってきて、ぎゅっと抱きついてくる悟空を三蔵は呆気にとられて見下ろす。
普段、仕事をしているときには入ってはいけないと言い含めており、いままでこんな風に邪魔されたことはない。
叱る言葉のひとつでもかけようとして――。
「悟空?」
だが、なんだか怖がってでもいるように必死にしがみついている悟空の様子に三蔵は眉根を寄せた。
「どうした?」
「さんぞはくぅがまもるもん!」
「あ?」
ますますぎゅっとしがみついてくる悟空に、三蔵は少し途方に暮れる。
このままだと仕事ができないのでどくように言うこともできるのだが――なにか怯えているような悟空の様子も気になる。
にしても、幼稚園から帰ってきてから、居間で専用の保父ふたりが相手をしていたはずなのだが、なにをしているのだろう。
とりあえず仕事道具を脇におき、宥めるように悟空の背中を撫でてやる。
「なにかあったのか? 悟浄と八戒はどうした?」
「ごじょと、はっかい……」
ぶわわ、と涙があふれてくる。
「どうした?」
「たべられちゃった! おに……っ、おにがきて……っ」
うえーんと大きな声で泣き出す。
――鬼が来て、悟浄と八戒が食べられた?
三蔵の眉間の皺が深くなる。
そういえば今日は節分だった。幼稚園に迎えに行ったときに豆まきのあとが見られた。先生たちが総出で掃除をしていた。
ということは、節分ごっこをしていたのだろう。鬼をやるときに、本人は食べられたとかそういう設定にしたのだろうが、まったくやりすぎだ……と思いつつ、とりあえずは悟空を宥めにかかる。
「大丈夫だ。あいつらが簡単に食べられるわけない」
安心させるようにゆっくりと背中を撫でながら言う。
と、そこへ。
「ここか。見つけたぞっ」
扉が開いて、悟浄が――鬼が顔を覗かせた。
「ぴっ」
悟空は三蔵にしがみつく。
それも無理もないかもしれない。悟浄が被っている鬼の面はよくあるただ印刷しただけののっぺりしたものではなく、般若の面に近いような――ちょっと不気味な鬼の面だった。
「あれ? ちょっと怖がらせすぎた?」
泣きべそをかいている悟空を見て、近づいてこようとした悟浄の足が止まる。
なにをやっているんだ、と眉間に皺を寄せたまま三蔵が言おうとしたとき。
「こいつめっ」
いままで震えて三蔵にしがみついていた悟空が、ぴょん、と三蔵の膝のうえから降りると、悟浄の方に突進していった。
「さんぞはわたさないっ」
ぽかぽかと拳をグーにして殴る。
「いてっ! 痛いって、小猿ちゃん」
加減というものをしていないので、意外と痛いのである。悟浄は悲鳴じみた声をあげる。
「参った。参りました」
「ごじょとはっかいもかえせっ」
「わかりました。ごめんなさーい」
本気で逃げにかかり、ドタドタと扉の向こうへと走りさっていく。
悟浄が――鬼が消えた扉を睨みつけて、はあはあと悟空は荒く息をつく。
「……よくやった、な」
三蔵は悟空の頭に手をおく。
と。
ふぇ、とまた悟空が泣きだした。やはり怖かったのだろう。
しくしくと泣き出す悟空を三蔵はしっかりと抱きしめてやる。
「お前がおっぱらったから、もう二度と来ねぇよ。大丈夫だ」
あとで悟浄には厳重注意が必要だな、そんなことを思いながら、悟空が泣きやむまで三蔵はしっかりと抱きしめてやっていた。