一番のプレゼント
「ちぃーすっ」
挨拶ともに勝手知ったる他人の家とでもいうようにそのままあがりこみ、居間にと入ってきたのは。
「ごじょー」
キッチンの方からぱたぱたと悟空が駆けてきて、ぽふんと抱きついてくる。
「小猿ちゃんはいっつも元気だね」
ぐりぐりと悟浄が撫でてやれば、嬉しそうな笑みがこぼれた。
「あのね、あのね。パンダしゃんにしてほしーの」
「おやつはホットケーキか」
キッチンからは甘い匂いが漂ってきている。
「いいぞ。じゃあ、今日は強いパンダさんにしてみようか」
「つおいパンダしゃん?」
「そ。パンダさんマン!」
「おぉっ!」
適当なポーズをつけて言ってみれば、悟空が目を丸くして感心したような声をあげた。
「かっこいいっ」
「なにを適当なことを言ってるんですか、あなたは」
キッチンから呆れたような声がかかる。
「ま、適当だが、意外といい線行くんじゃね? カッコよくて可愛い。子供にはウケそうだぞ」
悟浄が悟空を連れてキッチンに入ると、八戒がちょうど焼きあがったホットケーキをお皿に移している最中だった。
やはり勝手知ったる……で、悟浄は冷蔵庫を開け、チョコのチュープを出す。
「強いパンダさん、な」
言いながら描いていく。
八戒の手を借りて、キッチンの自分の椅子によじ登った悟空が、わくわくという感じで悟浄の手つきを見守る。
八戒は生クリームを取り出すと、その横で幾分呆れたように、だが笑みを浮かべて泡立て出す。
「できたぞ」
「すごーいっ」
できあがったのは空を飛んでるパンダの絵で、それを見て悟空が手放しで喜ぶ。
悟浄は得意気に胸を張り、それから苦笑しつつ生クリームを盛りつけている八戒の方に向き直った。
「そういや、お前にって預かってきた物があったんだ」
居間に引き返し、そこに置いたカバンから袋を取り出して八戒に渡す。
「僕に?」
ほんの少しだけ戸惑ったような顔で八戒が言う。
「誰からです?」
「ウチの女子社員から。今日はお前さんの誕生日だからって」
「えぇ?」
珍しく八戒が驚いた声をあげる。
「ってなんで知ってるんです? 悟浄、あなたが教えたとか……」
「教えてないです」
少し嫌そうな顔をする八戒に、ぶんぶんと悟浄が目の前で手を振る。
「ってかさ、他社の女の子にまで手を出さないでくれる? 俺、なんか、男性社員に睨まれちゃって」
「そんなの、知らないですよ。というか、これ、どうしましょう」
途方に暮れたような顔になる。
「受け取ってくれるだけでいいって言ってたぞ。とりあえず渡したから」
「って、悟浄」
八戒が本当に困ったような顔になっていたところ。
「はっかい。たんじょーび?」
悟空の声がした。
「えっと、そうみたいです。僕もすっかり忘れていましたが」
「おめでとう!」
悟空は元気よく言い、だが急にしゅん、となる。
「えと……えとね。ごめんなしゃい。プレゼント……」
「あぁ。いいんですよ。僕もすっかり忘れてましたから」
「でもね」
すくっと椅子の段のところに立ちあがり、ぽんっと椅子から降りる。
「さんぞ」
たかたかと居間に向かい。
「あのね、カード! カード、だして」
と、三蔵にせがむ。
居間で仕事をしていた三蔵はひとつ溜息をつくと立ち上がり、少し高い位置にある引き出しから、ノートのようなものを出してやる。
それは、お菓子のおまけについてくるカードを収納しておくカードブックだった。
最初はこんな風に綺麗に整理されてなく、カードそのものがその辺においてあったのだが、ある日、悟空がとても気に入ったカードが出て、それをじっと眺めて動かなくなる、というのを繰り返したため、三蔵が取り上げてカードブックを作り、居間の悟空が届かない引き出しにしまうことになった。
取り上げた当初はぐずっていたが、言われれば出すからと言い聞かせ、いまのようになっていた。
悟空はカードブックを受け取ると、そこから1枚引き出し、どうしたのだろうと様子を見に来た八戒に差し出した。
「はいっ」
「って、悟空。これは……」
悟空が一番気に入っていたカードだ。
「駄目ですよ。これは受け取れません。だって悟空が一番大事にしているものじゃないですか」
ふわりと八戒は優しげな笑みを浮かべた。が、対称的に悟空は泣きそうな顔になる。
「でも」
「ありがとうございます。気持ちだけでいいんです。そう言ってくれたことがとっても嬉しいですから」
「でも、でも」
「ケーキでも買ってくるか」
いまにも泣きそうな悟空の頭をくしゃりとかき混ぜるようにして三蔵が言う。
「でも」
ぽふん、と悟空が三蔵に抱きつく。
「それじゃ、くぅのじゃないもん」
それでは三蔵からのプレゼントになってしまうと言いたいらしい。
「わかりました、悟空。じゃあ、僕の絵を描いてくださいませんか?」
「絵? お絵かき?」
ちょっとだけ泣きべそをかいている悟空に八戒が優しく微笑みかける。
「そうです。この間、三蔵の絵を描いてたでしょ? あれ、羨ましくてたまらなかったんですよ。だから、誕生日のお祝いに僕の絵を描いてくれませんか?」
悟空はちょっと考えるような顔になりそれからにっこりと笑った。
「わかった!」
「あ、おやつの後でいいですよ」
タタタとお絵かきの道具を取りに走る悟空の背中に声をかけるが、思い立つと一直線で走っていってしまう。
「……ちょっと出てくる。河童、付き合え」
「へ? なに? 買い物か?」
「八戒、ちょっとの間、悟空を頼めるか?」
「え? いいですけど、買い物でしたら僕が行きますよ。原稿の方を……」
「あぁ、そういうわけね」
八戒の台詞の途中で、悟浄がクスリと笑い、独り言のように呟く。それから。
「外に出がてらちょっと打ち合わせたいこともあるから、八戒は小猿ちゃんのお相手をしてるといい。んじゃ、行きますか」
身軽に悟浄は玄関に向かう。
「……行ってらっしゃい」
なんとなく腑に落ちないような顔をしている八戒を残し、三蔵もそれに続く。
「三蔵も優しいトコあるじゃん」
外に出たところで悟浄が三蔵に話しかけた。
「なんの話だ」
「八戒は小猿ちゃんを目の中に入れても痛くないほど可愛がってるから、しばらくふたりっきりにしてやろうという魂胆だろ」
「……別にそんなんじゃねぇよ。ケーキと言っちまったから、ないときっと煩ぇ」
「あぁ、はいはい」
クスクスと笑いながら、悟浄は先に立って歩いていく。
八戒が蕩けそうな笑みを浮かべているのが目に浮かぶようだ。
なんのかんの言って、それが一番のプレゼントではないだろうか、とそう思う悟浄の顔にも笑みが浮かんでいた。