静けさ


ベランダのてすりに寄りかかり、三蔵は夜空を見上げて煙草をふかしていた。
仕事はまだ終わっていないが、小休憩といったところだ。
悟空はとうに寝かしつけた。

だから――だろうか。なんだか妙に静かに感じる。

このところずっと忘れていた静けさ。

悟空を引き取ってからこの方、こんな静けさを感じたことはあっただろうか、などと考える。
いや、たぶん悟空だって静かにしているときはあったはずだ。
意外と悟空は聞き分けがいいし、そんなに手のかかる子供ではない。

だが、今日は夜のせいだろうか。
妙に『静けさ』が際立っていて――落ち着かない。

三蔵は溜息のように煙草の煙を吐き出した。
そして、静かなのが落ち着かないとは変だ、と思う。

騒がしいのは苦手だったはずだ。
静けさこそもとめているもののはずなのに――。
そんなことを考えていると。


「さんぞ」


カラカラとベランダに通じる窓が開いた。
よいしょ、と窓枠を乗り越えて、とてとてと悟空が近づいてきた。


「どうした?」


携帯用の灰皿に煙草を押しつけて、三蔵の足にどん、とぶつかってきた悟空を見下ろす。


「やだ。行っちゃやだ」


驚いたことに、えぐえぐと泣いている。


「なんだ? コワイ夢でも見たか?」


寝るときまで、こんな風に泣くようなことはまったくなかったはずだ。
三蔵は悟空を抱き上げて、目の高さまで持ってきた。


「さんぞ。お月さまのトコに行っちゃやだ」


と、悟空がぎゅっと抱きついてくる。


「月?」


そういえば今夜は満月だった、と斜め後ろの空を振り仰ぐ。
そこには、明るく輝く月が宿っていた。


「お姫さまが月に帰っちゃうの。さんぞは帰っちゃダメなのー」


かぐや姫の話だろうか。
なんとなく見当をつける。


「別に帰らねぇよ。というか、なんでそんな風に思うんだ? 俺はお姫さまじゃねぇぞ?」

「だって」


悟空は三蔵の髪にと手を伸ばす。


「同じ色」


小さくしゃくりをあげながら言う。

――月と同じ色の金色。

三蔵は微かに苦笑らしきものを浮かべた。
単純だが。


「同じ色でも同じものじゃねぇよ。そんなことを言ったら、お前の目も同じ色だ」


その大きな金色の瞳を見つめながら言う。


「だいたいな。家はココだ。ココ以外のどこに帰るっていうんだ? 俺も――お前も」

「……くぅも?」

「一緒に決まってるだろ」

「さんぞ」


安心したように悟空は笑い、またぎゅっと抱きついてくる。

その頭をゆっくりと撫でながら。
静けさに勝るものもあるのかもしれない、と三蔵は考えていた。


(memo)
携帯サイト4周年記念のお話でした。