そっと膝まくら
「……ふ、みゅ」
なにやら動物の鳴き声みたいなのがした。
車の後部座席で流れていく窓の景色を見ていた三蔵は、隣に座っている悟空にと目を移した。
眠そうな顔で、小さな手でこしこしと目を擦っている。
さきほどの声といい、なんだか小動物じみている。
三蔵は微かに笑みのようなものを浮かべると、悟空の頭に手を置いた。
「眠いのか?」
「違うもんっ」
問いかけると、手を払うように悟空の頭がぶんぶんと激しく振られる。
それで目が覚めたような顔になるが、それも一瞬で、すぐにまたぽやんとした表情に変わり、コクリと頭が垂れる。というか、いまにもガグンと頭が落ちそうだ。
それも無理はない。
昨日の夜から『おでかけ』ということで、興奮状態だったのだ。
ずっと忙しくしていた三蔵がようやく仕事を終えた昨日、八戒と悟浄が少し離れた郊外の動物園に悟空を連れて行ってやろうと提案してきた。
なんでも三蔵が仕事をしている間に相手をしていた悟空から、動物に触ったことがないというのを聞いて、情操教育の一環として一度ちゃんと触れさせた方がいいとふたりで探してきた、というのだ。
そこの動物園には「ふれあい広場」というのがあって小動物に直接触れることができるそうだ。
それを聞いた悟空は『うささん、ぎゅっする!』とはしゃぎまくって、昨日はなかなか寝てくれなかったのだ。
「なに? 小猿ちゃんおねむ?」
前の運転席からバックミラー越しに悟浄が問いかけてくる。
「もうすぐ高速降りますけど、どこかで休憩します?」
助手席から八戒も後ろを振り返るようにして顔を覗かせて尋ねてくる。
「大丈夫だ」
ぽんぽん、と悟空の頭を軽く叩いて三蔵は自分の方に寄りかからせようとする。
「やだもーっ」
悟空はいやいやをするように体をくねらせて、逃げようとする。
が、それを強制的に押さえつけるようにして膝のうえに寝かせる。
「ちょっと寝ろ。うさぎは逃げねぇから。ついたら起こしてやる」
と、ぎゅっとジーンズを握られた。
「さんぞ、いなくならない?」
「あ?」
「お仕事、行かない?」
じっと大きな金色の瞳が見上げてくる。
心配していたのはうさぎと遊べなくなることではなく――。
今度こそ、本当に三蔵の顔に笑みが浮かんだ。
車のなかではどこかに行ってしまうことなどありえないのだが、そんなことは悟空には通じないのだろう。
微かに笑みを浮かべたまま、三蔵はぽんぽんと軽く悟空の頭を撫でるようにする。
「行かねぇよ」
その答えに、ようやく安心したように悟空はふにゃと笑い、それから目を閉じた。
すぐに寝息を立て始める悟空の頭に手をおいたまま、しばらく三蔵は悟空を見下ろしていた。
→おまけ(同一のお題で近い将来のお話)