髪を撫でる優しい手


「さんぞっ!」

三蔵が幼稚園に入ると、どこからともなく、ててて、と悟空が走り寄ってきた。

いつもの光景である。
三蔵が悟空を見つけるよりも先に、悟空が三蔵を見つけて走り寄ってくるのだ。

たいていの子供はお迎えがくるまで遊んでいるものだが、もしかしたら悟空は三蔵が来るのをどこかでじっと待っているのかもしれない。
そんなことを思わせる。

他の子と仲良くできていないのではないか、と心配してそれとなく先生に聞いてみたが、それはないらしい。
遊んでいても、三蔵が来るとまるで見えてでもいるかのように、駆け出して行くというのだ。
不思議なことだが、三蔵にとってはありがたい。

当たり前の話だが、ここには若い母親が大勢いて――話しかけられるのは面倒だった。
こんな風に悟空がすぐに来てくれれば留まっている時間も少なくてすむ。
三蔵は、ぽすっと膝の辺りに抱きついてきた悟空を抱き上ると、先生に挨拶をして、話しかけたそうにしている母親達をあえて見ないようにして園を出ようとするが。

「あの……玄奘さん?」

いきなり出口を塞ぐように4、5人の女性が目の前に立ちはだかってきた。
いつも逃げられてしまうので、今回は……とか思っているのかもしれない。

「私たち、これからそこの公園に寄っていこうと思うのですけど……」

なかのひとりが前に進み出て、代表のように口を開く。
面倒だ、と三蔵の眉間に皺が寄りそうになるが。

「ごじょと、はっかいは?」

つんつん、と悟空が三蔵の服を引っ張ってきた。

「あとで家に来る」

三蔵は悟空の問いに答えると、母親たちの方に向き直り。

「仕事がありますから」

それだけ言って、あとは完璧無視といった感じで足早に門にと向かう。
そのまま速度を緩めず細い路地に入り、だれもいないところで悟空を降ろそうとしたところで、むぅっとした顔で悟空がぴとっとくっついてきた。

「さんぞはくぅのだもん」

「あ?」

「で、くぅはさんぞのだもん!」

そういって、今度はぎゅーっと抱きついてくる。
なんだか脈絡のないことだが――いや、もしかして先程の母親達のことだろうか。

取られてしまう、とか考えているのか。
それとも。

いつか離れていく。

それは明確な言葉で表されたことはないが、自分と三蔵が普通の親子ではないことを知っていて、無意識のうちにそんなことを考えてしまうのか。
ときどき悟空はこうやってぎゅっとしがみついてくる。
まるで置いていくな、と言っているように。

「そうだな。お前は俺んだから簡単に手放したりしねぇよ」

呟いて三蔵は悟空の頭を柔らかく撫でた。


→おまけ(同一のお題で近い将来のお話)



※こちらのお話をもとにみなづきさんがイラストを描いてくださいました!
 ち、ちなみに彩色は私、です…。下手でごめんなさい。
→こちら」にあります。