後瀬 (4)


さんざん触れられて、高められて。
どうしようもなくなって――だけど。

「や……っ」

そこに触れられると、どうしようもなく体が強張る。

――怖い。

嫌――ではないのだけど。
ただ――怖い。

あのとき、すごく痛かったのを覚えているから。
それは最初だけで、そのあとはよくわからなくなってしまったのだけど、でもあの痛みが――。

「力、抜け……」

目のうえにそっと唇が押しつけられる。

「さん……ぞ……っ」

ぎゅっとしがみつく。
押し入ってこようとする。
唇を噛み締める。悲鳴を噛み殺すように。

――痛い……っ。

だけど。
ぐっ、と押しつけられていたものが急に遠のいた。

「……さんぞ?」

ふっ、と体が弛緩する。
力を入れすぎてきたのか、緊張していたのか、反動で震えてくる。

ダメだ。こんなんじゃ。
こんな状態で、もう一回あの痛みがきたら――。

呼吸を整えようとする。
と。

「……ん」

軽く目尻に唇が触れる。気がつかないうちに零れ落ちていた涙を掬いとられる。
そして。

「さんぞ?」

急に気配が遠のいた。
まだぎくしゃくする体に鞭打って、涙で霞む目で辺りを見回して。
部屋から出て行こうとする姿を捕えた。

「さんぞっ」

――なんで?
もしかして面倒になった、とか――?

「待って! 待……っ」

立ち上がって後を追おうとする。
けど、うまく動けない。
シーツに足を取られて、ベッドに沈みこむ。

――行かないで。

気持ちは追いかけているのに。

「……なにやってんだ?」

もう一回、起き上がろうとしていたら、助け起こされた。

「三蔵。三蔵」
「どうした?」
「大丈夫だから……っ。全然、大丈夫……っ」

涙で声がつまってうまく話せない。
というか、頭のなかがぐちゃぐちゃでなにを言ったらいいのかわかんない。
ただひとつだけ。

「行っちゃ……やだっ」

ぎゅっ、と腕を掴む。
と、溜息が降ってきた。

「こういうのはあんまり良くねぇな」

その言葉に、心が冷える。
体から力が抜ける。
するりと三蔵の腕を掴んでいた手が落ちる。

もうダメなんだろうか。
もう二度と触れてはくれないのだろうか――。

「悟空?」

三蔵の声が遠くから聞こえるようだ。
もう二度とこんな風に呼んでくれることもなくなったら――。

と。
ふわりと抱きしめられた。

……なんで――?

本気でよくわからない。
混乱してたところ、ふわりと――今度は唇が重なってきた。

「泣き顔。結構、そそられるって思ったんだが、な。本気で泣かれるのは、あんまり良くねぇな」

微かな笑みとともにそんなことを言われる。

泣き顔――?

「覚えてねぇか? 前回、散々泣いてだろうが」

――って。
思わず顔に熱があがってくる。

「で、どうしたんだ? なにを泣く? 本気で嫌なわけじゃねぇんだろ?」
「……さんぞ、が……どっか、行っちゃうかと、思った」

涙がまだ止まらなくて、うまく喋れない。

「悪ぃ」

軽いキスが額や頬に降ってくる。
なんだか甘やかされているみたいだ。
触れてくれないことにはならない――それがわかってほっとする。
力が抜けて、三蔵に寄りかかる。

「お前があんまりにも辛そうだからな。なにか助けになるもんがねぇか見に行こうとしてた」
「助け……?」
「潤滑油みたいなもんだ」

……って。

「いい子で待ってろ」

赤くなった頬にキスをひとつ落として、三蔵が離れて行く。
今度は怖くない。
そんなことを思いながら、綺麗な後ろ姿をぼーっと見ていた。