優しい手 (5)


「なにを聞いたかは知らんが、長安の街の御曹司の話ならなんでもねぇぞ。曰くつきの壺を祓ってやっただけだ。その後もそういうモンにやたら当たるらしくて、なにやかやと持ち込んでくるが、祓ってやってるだけだ」
「……お祓い?」
「そうだ。こっちにしてみれば商売みたいなモンだし、それはちゃんと言ってある。もしかして他にもなにか言われているか? 口さがねぇ奴らのことだ。なにを言ってるかわかったもんじゃねぇが、断言してもいい。なにひとつ、真実はねぇぞ」

きっぱりと言い切る三蔵に、悟空は呆然、といった面持ちで顔をあげた。

「じゃあ、三蔵は……」

三蔵が触れていたのは、悟空だけだったということだろうか。
他にはだれもいなかったというのだろうか。

呆然とそんなことを思ったとき、三蔵の目と目が合った。
綺麗な紫暗の瞳に浮かぶのは、先ほどと同じ――痛み。

「さんぞ……」

悟空の声が少し震える。
いつでも三蔵は優しく触れてきた。
言葉はなにもなかったが、触れてくる手は優しくて。
それだけでどれだけ大切に想われているのか、わかろうというものなのに。
悟空のしたことは、それを疑うということではないだろうか。

「ごめん……、ごめんなさい」

悟空は震える声で、先ほどとは違う意味での謝罪の言葉をいう。

「俺に謝っているのならば、それはいい」

ふわり、と悟空を抱きしめて三蔵が言う。

「お前は自分を軽々しく扱うことはやめて、もっと大切にしろ」

あの傷ついたような眼差しは三蔵の感情を表したものではなくて、悟空のことを思ってのことだったのだろうか。
いつでも宝物のように扱ってくれた。
だから――。

「三蔵」

ふわり、と悟空からも三蔵を抱きしめる。

「ありがと」

囁くと、ぎゅっと一度だけ強く抱きしめられて三蔵が少しだけ離れる。
至近距離に綺麗な顔。
悟空は微かに笑みを浮かべる。
あんなに重苦しかった心がいまはもう軽くなっていた。

もっと早くちゃんとこうして向かい合っていれば良かったのだ。
周囲の言うことなど、耳を貸さずに。
失うことを恐れてそれをせずにいたけれど、でも三蔵がいい加減な気持ちで触れてきているのではないことは、その態度からわかるはずだったのに。

優しい手。
それはすごく――。
ふわん、と胸が温かくなる。

「大好き」

溢れてくる想いを素直に言葉に乗せると、三蔵も微かに笑みを浮かべた。
そして悟空の耳元でなにごとかを告げる。

「……三蔵」

少し目を見張り、それからうっすらと頬を染めて悟空は三蔵に寄りかかった。
すっかり涙も止まり、嬉しそうに腕のなかに収まっている悟空の顔をあげさせて、三蔵は唇に軽くキスを落とす。
一度、二度と。
それから甘く蕩けるようなキスを。

「……んっ」

何度も交わすキスに、悟空の体から力が抜けていく。
立っていられなくなった悟空を、三蔵はそっと地面に横たえた。

「さんぞ……、ダメ……っ」

ふたたび覆い被さってくる三蔵を悟空は突っ張って、離そうとする。
だが涙の滲む目で、吐息混じりにそんなことを言われても逆効果というものだろう。
三蔵は構わずに、悟空の足の間にと体を滑り込ませる。

「や……っ」

と、頬といわず、悟空の全身が赤く染まる。

「人が来る」

三蔵を呼ぶ声は、さきほどからずっと聞こえている。

「お前が声を出さなきゃ、みつかりっこねぇよ」
「無理っ」

ほとんど触れられていないいまでさえ、息があがってきそうなのだ。
それは無理というものだろう。

「見せつけてやる、ってのもいいかもしれねぇぞ?」

クスリ、と笑って三蔵は悟空の脇腹を撫で上げる。

「ぁ……っ」

あがる声は三蔵の唇に塞がれて、吐息となってふたりの間を漂う。
軽く音をたてて唇を吸い、離れていくと、涙目ながらも睨むような金色の目に見つめられる。
三蔵はクスリと笑った。

「安心しろ。声が出そうになったら、今みたいにちゃんと塞いでやるよ。お前のこんな表情を見せるのは、癪だからな」
「なに、それ……って、や……ぁっ」

抗議めいた言葉と艶めく声は、唇の間に消えて行く。
悟空はまだなにか言いたそうに三蔵の背中を叩くが、やがてその手は力を失って、重力に従って落ちていく。

微かな吐息と水音だけが辺りを満たし。
ただ甘やかで、身を焦がすような感覚だけがすべてになる。

確かなのは、触れてくる三蔵だけ。
そのほかはもうなにもわからなくなって。
もうどうでもいいかも、と思う。

「大……好き……」

呟いて、悟空は三蔵のくれる感覚に身を委ねた。

【完】