優しい手 (4)


心が暗闇に押し潰されそうになる。
モノ、として扱う三蔵に。
嫌だと思っているのに、反応を返してしまう浅ましい自分に。

もうこのまま全てが闇に包まれてしまえばいい、と思う。
だが。

「悟空、悟空っ」

声が聞こえた。
ぎゅっと抱きしめられた。
いつもいつも、暗闇から掬いあげてくれる人――。
輝く姿が目の前にあった。

「三蔵、三蔵、三蔵っ」

なんで泣いているのか、どうして悲しいのか。
すべての感情が混ざり合い、なにもわからなくなって、悟空は三蔵にしがみつく。
それを受け止めてくれるように、三蔵は抱きしめてくれる。

どのくらいそうして声をあげて泣いていたのかわからない。
ふと気がつくと、遠くで三蔵を捜す声がしているのに気がついた。

先ほどの悟空の悲鳴を聞きつけたのかもしれない。
声は遠くをぐるぐると回りながらも、こちらに近づいてくるようだった。

「ごめん、なさい……」

悟空は呟いて涙を拭った。

「呼んでる。みんな、捜してる。もう行って……」
「行けるわけねぇだろうが」

悟空は三蔵から離れようとするが、身動きがとれぬほど、ますます強く抱きしめられる。
心配させてしまったのだろう。

「ごめん。いきなり泣いたりして。もう大丈夫、だよ」

大きく深呼吸して、悟空は涙を止めた。

泣くことではないのだ、これは。
最初からわかっていたことなのだから。

――いつまでも続くものではない。

さっきだって、いまさらと思ったはずだ。
だから、この手を失うことになっても、泣くことではない。
モノとして扱われても、それは悲しいことではない。
最初から、そこにはなにもなかったのだから。
本当に。

悟空はもう一度大きく息をついた。

「ごめん……。俺、ちょっとだけ意地悪した。長安の街から人が来てる。三蔵を呼んでる。知ってたけど、言わなかった」

顔をあげ、三蔵の目を見ながらそう告げると、三蔵の表情が少しだけ動いた。

「もう行って」

そっと三蔵を押しやって、悟空は離れていく。
と、その手を捕まえられた。

「お前が泣いていたのは、そのせいか?」

三蔵が聞いてくる。
悟空は軽く目を見張った。
答えようとするが、喉になにかが詰まったように声が出ない。

「悟空」

名前を呼ばれて、また泣きそうになる。
が、意思の力で涙を封じ込める。

「……気にしなくて、いい。もう、平気」

三蔵の手が離れていく。
もう少しだけ、我慢すれば――。
そう思って、三蔵を見送ろうとするが。

「……さんぞ?」

三蔵は、ただ悟空を見つめて、その場から動こうとはしない。

「あの……、本当に、大丈夫……」

三蔵の手が伸びてきて頬に触れ、悟空は途中で言葉を飲み込む。
そのまま軽く三蔵は悟空の頬を撫でる。
そして、しばらくしてから、ぽつりと呟いた。

「……そんなに俺は信用ならないか」

その物言いは普段の三蔵らしくなく、少し驚いて悟空は三蔵を見つめ直す。
紫暗の瞳には傷ついたかのような痛みがあった。

「三蔵……」

どうして、という言葉は抱きしめられて、口のなかに消えた。