旋律〜melody(3)
小さな、コンビニともいえない雑貨店。
「ご苦労さま、もう時間だよ」
声をかけられて、裏の倉庫で品物を調べていた悟空は振り返った。人の良さそうな笑みを浮かべる初老の女性が入口近くに立っていた。
ここの女主人だった。
「あれ? もう? じゃ、これだけ店に並べてからあがりますね」
悟空は足元の箱にいくつか品物を落として答えた。
「いいよ。後で、あたしがやっとくから」
「すぐ終わるし、大丈夫」
箱を持ち上げて、小さな店にと戻っていく。が、裏口から店に入ったところで、ふいにその足が止まった。
「どうかした?」
「あ、なんでもないです」
不思議そうに声をかけてきた店主に曖昧な笑みを向けると、悟空は店の奥にと進んでいく。
BGM代わりにかかっているラジオから音楽が流れていた。
それは《ou topos》の曲。
――悟空が作った曲。
ふっと記憶が呼び起こされる。
この曲を作ったときのことが。
ピアノを弾いていた。ずっと一日中。音楽に触れていた。
きらきらと輝くような日々。
そして。
そのきらきらをすべて集めたような――とても綺麗な人が、そばにいた。
この声。
低く響く、この声の持ち主が。
この歌声も綺麗だけど、でも、この人はもっともっと優しい声が出せる。
悟空しか知らない、悟空を呼ぶときの、甘い囁き声。
腕のなかに抱き込まれたときの温かさを思い出して、悟空は力が抜けたようにその場に座り込んだ。
――さんぞ……。
声には出さず、小さく小さく想う。
もう帰れない。あの温かさのなかには、もう二度と。
それはどうしようもないことと納得しているはずなのに、何度そう考えても胸が痛む。
――もとめてしまう。望んでしまう。
ぷるぷると頭を振り、悟空は涙を押し戻そうと目を瞬く。
大きく息をついたところで、後奏に被せるようにラジオから声が響いてきた。
『ということで、今日のゲストは《ou topos》の皆さんでした。映画の主題歌、楽しみですね。あ、最後にひとつだけ。この曲を作ったといわれている方のことなんですが、今回は参加されないんですか?』
自分のことだとすぐにわかった。悟空は蒼白になって動きを止めた。
そして、その言葉に固まったのは悟空だけではなかったようだ。ちょうど曲が終わったところで、ラジオから一瞬、奇妙な沈黙が流れる。
『……えぇっと、さきほどのはいままでの《ou topos》の曲とはちょっと雰囲気が違いますよね。あのドラマの主題歌ってことでしたら、皆さんのいままでの曲よりもさきほどの雰囲気のが合っているのかな、と思ったのですが』
『まだお話をいただいたばかりなので……。曲についてはこれから考えます』
八戒の柔らかな声が答える。
『そうですか。いろいろと噂がありましたので、それでもう縁を切ってしまったのかな……と、ちょっと個人的に心配していたのですが。それは気にされていないんですよね』
心配、と言っている割には、微かに含みがあるような声。
それは嘲笑ともとれるようなもので、ビクン、と悟空の肩が震える。
が、それよりも。
『……くだらねぇ』
低い声に、悟空の息が止まった。
『んなの、曲を聴きゃあ、わかるだろ』
その台詞とともにガタンという音がする。
『え……? 三蔵さん?』
ガタガタという音。
『あ、ちょ……っ。……えぇっと。《ou topos》の皆さんでした。では、次のコーナーの前にCMをどうぞ』
かなり慌てた風な声がして、ラジオからCMが流れてくる。
もうそれは悟空の耳には入っていなかった。
――三蔵。
久し振りに聞いた声。
声をあげて、泣き出してしまいそうだった。
「……ちょっと、大丈夫?」
と、上から声が降ってきた。
「あ……。すみません」
悟空は慌てて立ち上がる。
「もうここはいいから、早く帰りなさい。顔色、悪いわよ」
「すみません」
ちゃんと整理してから帰ろうと思ったのだが。
――いまはもうなにもできない。
そんな気がする。
悟空は頭をさげると、ふらふらとした足取りで出口に向かった。