その瞳がもたらすものすべてに(4)
呆れ果てたのだと思った。でも、目蓋の上に何か柔らかな感触が降ってきた。
これは――唇?
「さんぞ……?」
思わず目を開けた。三蔵の顔が近づいてくる。そして、目尻にキスを落とされた。
「そんなのは当たり前だ。別に選ぶとか選ばないとかの問題じゃなくて、反射的なものだろう」
「三蔵、なんで……」
溢れ出した涙を追うように、優しいキスが降ってくる。そして、唇に触れる瞬間――。
「やっ!」
両手で三蔵を押しやって、顔を背けた。
「悟空……」
「なんで? なんで、こんなこと、するの? こんなことされたら、離れられなくなる」
「離れなきゃいいだろう」
改めて三蔵の方を向かされる。ゆっくりと三蔵が近づいてくる。綺麗な紫暗の瞳に射すくめられて、動けない。
「お前のその瞳は本当は『吉凶の源』と言われている」
触れ合うほど近くで、三蔵が囁く。
「わかるか? その瞳が不幸をもたらすと言うのならば、それと同じくらい幸運をもたらすことにもなる」
コツン、と三蔵の額が金鈷にふれた。
「この先、俺はお前のせいで大怪我をするかもしれないし、逆に大怪我をしてもお前がいるおかげで助かるかもしれない。未来なんてどうなるかなんてわかんねぇし、第一、何が幸か不幸かなんて、人間、死ぬまでわかんねぇよ。それに」
三蔵の顔に不敵な笑みがひらめいた。
「俺は、そんな言い伝えなんかに左右されてやらねぇよ」
「三蔵……」
柔らかく唇を塞がれた。ただ触れられているだけなのに、ふっと体の力が抜けた。
支えるように三蔵の手が腰に回って、抱き寄せられた。
「この瞳……」
目に上にキスされる。
「気に入ってるんだ。だから、もう二度とあんなことをするなよ」
「三蔵……?」
言われた言葉に驚いた。
今、三蔵、なんて言ったの? 気に入っている? この瞳を?
「不幸をもたらすのに?」
「だから、そうじゃねぇって言ったろうが。お前、人の話、聞いてねぇな」
「でも、でも……。気に入っている? この瞳が好き?」
「あぁ」
柔らかな優しい微笑みが三蔵の顔に浮かんだ。
「三蔵」
この瞳。金色の瞳。
そうか。
三蔵が好きならば、いいや、何でも。
例え、不幸をもたらすものだと言われても、三蔵が好きだと言ってくれるなら、それでいい。
「戻るぞ」
と、三蔵の声がして、体が宙に浮かんだ。
「三蔵、もう見えてるから大丈夫だよ。歩けるって」
「あぁ、そうか」
三蔵はそう言うが、降ろしてくれる気配はない。
「三蔵ってば」
「ずっとこうしていたからな。まっ、いいだろ」
そう言って歩き出す。
そりゃあ、悪くないけど。こうしてもらうのは嫌じゃないけど。
でも……。
「まぁ、いいか」
呟いて、三蔵の方に頭をもたれかからせた。
「大好きだよ、三蔵……」
目が治ってからも相変わらずちょっとした嫌がらせとか、口うるさい小言とかはなくなりはしなかったけど、体に傷を残すような暴力はぴったりとなくなった。
どうやら、目が見えない間、三蔵がどこに行くにも俺を連れまわしたのが効いたらしい。
「あてられた気分になって、皆、もう二度とごめんだと思ったんでしょう」
と、ジィちゃんはそう言って笑った。
その言葉の意味はイマイチよくわからなかったけど。
だって、あてられる? 別に誰にもぶつかってないと思うんだけど。
でも、まぁ、何にせよ、それは嬉しいことだった。
そしてまた、二人きりのときに、三蔵がキスしてくれるようになったことも嬉しいことのひとつだった。
この瞳が不幸をもたらすと言われた時、絶望的な気分になった。
でも、幸も不幸も、死ぬまでわからない。
そう言った三蔵の言葉は真実なのかもしれなかった。