その瞳がもたらすものすべてに(3)


 目を覚ましているものなどない、静寂に支配された夜。
 月の明かりは雲に隠れて地上には届かない。辺りを包む深い闇。折角、目が治ったというのに、まるで逆戻りしてしまったような感覚。
 でも、今度は三蔵に頼ることはできない。
 あの人は優しいから、つい甘えてしまったけど。
 もう目も治ったのだから、そばにはいられない。
 特に持っていく荷物などない。考えてみれば、身一つでここに来たのだから。このまま出て行ける。
 三蔵。
 最後に顔を見たかったけど、でも、顔を見ればきっと離れられなくなる。
 だから。
「幸せになってね、三蔵」
 呟いて、扉を開けた。
 そして。
「な……んで……?」
 そして、闇の中、思ってもみなかった姿を認めて驚く。
 見間違えるはずはない。
 暗い廊下に、三蔵が立っていた。
「出て行くのに、挨拶もなしか?」
 静かに三蔵が問いかけてきた。
「あ……えっと……」
 落ち着け。
 自分に言い聞かせる。大丈夫、大丈夫だ。
「あの……お世話になりました、とか……?」
「あぁ、本当に、な」
 三蔵はそう言うと、少し笑ったようだった。闇の中では表情まではあまりわからない。でも、それでいいのかもしれない。はっきりと顔が見えていたら、決心が鈍る。
「じゃあ、行くね」
 そう言って、三蔵の方を見ないで、その前を通り過ぎようとした。
 が、腕を掴まれた。
「さんぞっ!」
 そのまま腕の中に抱きしめられた。
「離して……!」
 腕から抜け出そうともがく。
 駄目だ。こんなこと、されたら……。
「悟空」
 耳元で低く名前を呼ばれた。それだけで、動きが止まってしまう。
「本気で出て行く気か?」
「そう……だよ」
 搾り出すようにして答える。
「だったら、なんで泣いて呼ぶ」
「泣いてなんか……」
 いないと続けようとして、息を飲んで三蔵を見上げた。
 声。三蔵を呼ぶ『声』
「何を考えている。ちゃんと言わないと伝わらないぞ」
 両手で頬を包まれた。
 そのとき、雲が切れたのか、月明かりがさした。闇に浮かぶか綺麗な紫暗の瞳。それが俺の瞳を覗き込むように見ていた。
 俺の瞳。
 金色の。災いをもたらすという金色の瞳。
「やだ、見ないで」
 目を伏せる。
「何故?」
「だって、この瞳、不幸を呼ぶから」
「お前、まさか、それで……」
 金色の瞳は不吉の象徴。周囲の人々に不幸をもたらす。
 そう言われた。
 だから、この瞳がなければ三蔵の傍にいられると思った。三蔵を不幸にするなら、いらないと思った。
 でも。
「こんな瞳、いらないって思った。本当にそう思ったのに、でも、失くすことはできなかった」
 最後の瞬間に目を瞑った。だから、眼球じゃなくて目蓋が傷ついた。
 三蔵が大事だといいながら、結局、本当は自分が一番大事だったんだ。
「結局、俺は自分を選んだ。だから、もう、三蔵のそばにはいられない」
 溜息が聞こえてきた。