雷、のち晴れ(2)


 頭の中に響く声を辿っていけば、容易に場所は特定できた。
 宿屋の裏庭。
 大きな木の陰に隠れるようにして、悟空は蹲っていた。
 三蔵が近づくと、気配でわかったのだろう。組んだ腕に乗せられた頭はそのままだったが、悟空の体が微かにピクリと震えた。
 しばらくどちらも口を開かない。
 だが、やがて呟くように悟空が言った。
「三蔵は、もう俺に飽きた……?」
 その言葉に三蔵は眉を跳ね上げた。
「もう何度も抱いてるから、新鮮味もなくなって、つまらなくなって……」
「違う」
 即座に否定する。
「嘘。だって、そうじゃなかったら、どうして? それとも、ホントに俺よりも好きな人ができた? 俺なんかよりももっとずっと大人で、三蔵を包んで受け止めてあげられるような……」
「そうじゃねぇよ」
「じゃあ、なんで?」
 悟空は顔をあげた。
「わかんねぇよ、ちゃんと言ってくれなきゃ。下手なごまかしはいらない。そんなの、してくれても、変わらな……」
 ポロポロと新たな涙が零れ落ちる。それを見て、三蔵はため息をついた。
「そんなんじゃねぇよ……」
 小さな、ほとんど聞こえないくらいの声が漏れる。
 それから、三蔵はもう一度ため息をつくと、まっすぐに悟空と視線を合わせた。
「お前、二、三日前に占い師だかなんだかの少女を助けたのを覚えているか?」
 唐突に言われた思いもかけないことに、悟空はきょとんとした顔をした。
 そして、言われるまま素直に記憶を辿る。
 そういえば、妖怪に襲われている人間を助けた覚えがある。その中の一人が確か女の子だった。
 悟空の頭の中にそのときのことが蘇ってくる。
 ジープで走行中、前方に妖怪が人間を襲っているのが見えてきた。
 自分達に向かって売られた喧嘩ではないとはいえ、見過ごすわけにはいくまい。しかも、助けにきたと早とちりしたのだろう。妖怪の一部がこちらに向かってくるとなればなおさらだ。
 ジープから飛び降り、向かってくる連中を蹴散らしつつ只中に躍り出たときには、もう妖怪の三分の一ほどは地面に沈んでいた。それから、瞬きほどの間でさらに三分の一が減る。
 力の差は歴然としており、不利を悟った妖怪の一人が、突然、手近にいた女の子を人質にしつつ逃げようとした。
 だが、その目論見はあっけなく崩れた。
 女の子を引きずって二、三歩も行かないうちに、追いついた悟空によって。
 脅しの言葉を言おうとしたのだろうか。口が開くのと、悟空が女の子の手を引っ張って 如意棒を叩きつけるのとは、ほぼ同時だった。妖怪の体が吹っ飛び、悟空は崩れ落ちてくる女の子を受け止めた。
「……覚えてるけど」
 そんなことを思い出しつつ、悟空が答える。
「そのときにお前が感じたことが、普通なんだよ」
「感じたこと……?」
 悟空が額に皺を寄せた。
 そういえば、女の子を助けて、それで何か、言ったような気がする。あれは……?
「それを良く考えてみるんだな」
 そういい残し、三蔵は踵を返した。
「ちょ……っ、三蔵!」
 慌てて呼び止めるが、三蔵の足は止まらない。
「考えろって……」
 途方に暮れたように、悟空は呟いた。