雷、のち晴れ(5)
「三蔵」
扉を開けると、いつものように新聞を読んでいる三蔵。悟空はまっすぐにそちらに歩いていくと、三蔵が顔をあげる前に新聞をとりあげた。そして、まるで何かを請うかのように跪き、ふわりと抱きついた。
「これは『普通』じゃないのかもしれないけど、でも、俺は三蔵とこうしたい。三蔵がいい。三蔵でなきゃ、やだ……」
触れ合ったところから、暖かなものが流れ込んでくるような気がして、悟空は、安堵にも似たため息をついた。
「それに、触れてないと、乾いて死んじゃう気がするんだ。三蔵が足りなくて」
胸に埋めていた顔を上げると、金と紫の瞳が間近でかち合った。
「三蔵は、イヤかもしれないけど、でも――」
伸び上がるようにして悟空は距離を縮め、そっと唇に触れた。
「人工呼吸だと思って、我慢して」
それから、もう一度三蔵の胸に顔を埋める。
しばらく目を閉じてそうしていたが、やがてまぶたをあげた悟空の目に、突然、赤いものが飛び込んできた。
「あっ!」
弾かれたように、悟空は三蔵から離れる。
が、その体が腕をつかまれて引き止められた。
「三蔵」
呼ぶ間にもう一度、引き寄せられる。
「三蔵、俺、血が……」
白い法衣に、染みをつくる赤い血。
「てめぇがケガをしてるわけじゃねぇだろ」
「違う、ケド……」
「なら、問題ねぇだろうが」
「でも」
「うるせぇ。黙れ」
言葉を実践するように、唇が塞がれた。
体の奥から甘い痺れが広がっていく。
久しぶりのキス。
ゆったりと甘えるように身を任せて、与えられるキスを受け止める。
体中すべてが、甘く蕩けるように力が入らなくなったころ、ようやく唇が離れていった。
「さ……んぞ……」
笑みを浮かべ、腕の中から悟空が三蔵を見上げる。
「ごめん、血、もっとつけちゃった……」
無意識のうちに触れていた腕に、髪に。
「お風呂、入ろ。一緒に」
「お前、誘っているのか?」
三蔵の言葉に、悟空の目が驚いたように少し見開かれた。が、すぐにクスリと笑って手を伸ばす。
「うん。そうかも。だって」
腕を三蔵の首に回して、さらに近くにと体を近づける。隙間もないくらいに、ぴったりと寄り添う。
「キスだけじゃ、やっぱ足りない。もっと、三蔵が欲しい、よ」
「その言葉、後悔するなよ」
ふわっと悟空の体が浮き上がった。
「三蔵のエロ親父……」
コロンと転がされたベッドから、悟空が拗ねたような声をあげた。
肌が赤く色づいているのは、風呂に入ったせいばかりではない。
「お前が欲しいと言ったんだろ」
「言ったけど、しつけぇんだもん。いじわるだし」
そう言いつつも、悟空は覆いかぶさってくる三蔵を迎えるように手を差し伸べる。
「いじわるなんかしてねぇだろうが。第一、まだちゃんとシてやってない」
「そういうところが、いじわるだって言うの」
「なんだ、シてほしかったのか?」
「違うっ」
肩口にと顔を埋めてきた三蔵を、悟空はぎゅっと抱きしめた。
「……な、三蔵……」
しばらくして、肌を辿る唇に震えるような反応を返していた悟空が囁いた。
「本当は、『普通』とか、『普通じゃない』とかじゃなくて、あの女の子の言葉を気にしてたのか?」
三蔵からの答えはない。
ただ、気を逸らさせるかのように、鎖骨にと軽く歯が立てられる。
それに、悟空は一声、甘い声で鳴く。
「俺は、大勢の人なんて、どうでもいい。俺に力があるんなら、それは三蔵のために使いたい。これは俺の意思。だから、三蔵は気にしなくてもいい……」
「誰がお前を気にしてる。俺は俺のやりたいようにやる」
「うん。そうだな。でも――」
悟空は手が三蔵の頬を包み、自分の方にと顔を向かせた。
「でも、もう、抱かないなんて言わないで――?」
頬を染めて、小首を傾げるようにして見つめてくるその仕草。
悟空自身はまるで気づいていない。
その仕草が、三蔵の視界をグラリと傾けるほどの威力を秘めていることを。
「だったら、せいぜい飽きさせないように頑張るんだな」
そんな憎まれ口が、精一杯の抵抗なのだと言うことを。
「うん、頑張る」
なのに、素直にそんな言葉を返し。
「だから、いいよ、三蔵なら……何をしても」
更に言葉を付け足して、追い討ちをかけるような真似を、いとも簡単にやってのける。
三蔵は、悟空に向かって手を伸した。
これ以上の打撃を与えられないように。
自分の手に支配権を取り戻すために。
「……さん……ぞ……」
震える、あえかな声が室内を満たしていった。
そして結局、その町に、三蔵一行は一週間ほど滞在していた。
理由は――。
言わずもがなであろう。