思ひ初めし花の色 (おまけ)
「よぉ」
家についた二人を出迎えたのは、光明ではなく派手な美人――三蔵の叔母であった。
「てめぇ、なんでここにいる」
その姿を見た途端、三蔵の機嫌は急降下し、低く、ほとんどうなるような声をあげる。
「なにを言ってる。俺は、お前の忘れ物を届けにきたんだぞ。感謝されてもいいくらいだ」
「忘れ物?」
「こっちだ」
観音はくるりと体の向きを変えると、まるで自分の家であるかのようにスタスタと中にと入っていく。
三蔵と悟空は一瞬顔を見合わせ、後をついていく。
向かった先は応接間。
そこに、光明がいつもどおりののほほんとした雰囲気を漂わせ、座していた。
「お帰りなさい」
「ただい……ま……って、え?」
にこにこと笑う光明に挨拶を返そうとして、悟空は固まる。
床の間に飾られているもの。
なんだか、派手派手しい飾り物がいくつか。
あれは、なんだ?
「指輪を渡して、それで終わりと思ったら大間違いだ。こういうことは正式にやらなきゃダメだ」
腰に手をあて、ふんぞり返るようにして観音が言う。
「……だからって、相手の都合も聞かずにいきなりするか、普通」
ふつふつと湧き立つ怒りが爆発しそうになるが、三蔵はすんでのところで堪えて呟くと、怒りを散らすかのように大きく深呼吸を二、三度した。
「申し訳ありません、お師匠さま」
そして、丁寧に頭をさげる。
「いえいえ。おめでたいことですから」
笑みを崩さずに光明が言う。
「あぁ。でも、始めるまえに少しお話があります。ちょうど良い機会ですから。よろしいですか、江流」
「光明?」
立ち上がった光明に、今、なにが起こっているのかさっぱりわかっていない悟空が、幾分不安げな声をあげる。
「大丈夫ですよ。取って食おうというのではありませんから。少し、我が家の家風をお話するだけです」
にっこりと笑って光明は三蔵と連れ立って、応接間を後にする。
二人の後ろ姿を、少し呆然と悟空は見送った。
■ □ ■
「さて、お話というのはですね」
別の部屋に場所を移し、淹れた茶を出しながら光明が話を切り出す。
「あの子のことなんですが……」
我知らず、三蔵の背筋が伸びた。幾分緊張の面持ちで次の言葉を待つ。
「ウェディングドレスが似合うと思うんですよね」
「……は?」
「だから、お式のときのことです。白無垢もいいですが、ウェディングドレスの方が悟空に似合うと思いませんか?」
「はぁ……、それは……」
「あなたもそう思いますよね。ミニが可愛いと思うのですが、結婚式にそれはないですかね? でも長く裾をひくお姫様風も捨てがたいですよね。ま、それはいくつか試着してみて決めればいいんですが。なんでしたら、作ってしまうという手もありますしね」
「……はぁ」
どこか遠くを見て、キラキラと楽しそうに想像しながら言う光明を、三蔵は完全に毒気――というか魂を抜かれたかのように見つめる。
と、突然、光明が神妙な面持ちで三蔵へと視線を移した。
「ですからね、江流。お式の当日まで、悟空に手を出すことはなりませんよ」
「……はい?」
「ウェディングドレスといったら、教会でしょう。私と腕を組んで歩くあの道を、悟空が歩けなくなっちゃったら、可哀想じゃないですか」
「……」
それは、バージン・ロードのことを言っているのだろうか。
いや、あそこを歩くときには、絶対に『そう』じゃなきゃいけないというわけでは――。
などと突っ込むことはさすがに出来ず、三蔵は沈黙を保つ。
「それでお式なんですが。やはり卒業するまでは待っていただきたいんですよ。学生のうちはちゃんと学業に専念しなくてはね。日取りはおいおい決めるとしても、まぁ、最短でも1年後ですね」
「1年……」
どこか呆然と三蔵が呟く。
「よろしいですね」
いつもの笑顔に迫力を加え、念を押すかのように光明がいった。
■ □ ■
「おい、チビ」
呆然と光明と三蔵が出て行った扉を見ていた悟空は、観音の声で我に返った。
「チビ? それって俺のこと?」
「他に誰がいる」
「失礼だろっ、いきなり初対面で」
「気にすんな」
「気にすんなってっ」
食ってかかろうとした悟空に、観音はどこから出したのかチョコレートの包みを差し出す。
「……ありがと」
一瞬、面くらい、それから素直に悟空は受け取る。
「ガキだな、ホントに」
にこにこと、機嫌を直してチョコレートを頬張る悟空に、観音が呟く。
「なにを……っ」
「まぁ、聞けって」
またもや食ってかかろうとする悟空を軽く制止し、観音が言う。
「お前、あいつがえらくモテるって知ってるか?」
観音の言葉に、悟空の動きが止まった。
「あれだけの容姿に加え、社会的地位もある。大会社の令嬢はもとより、ちょっと容姿に自身のある娘たちが虎視眈々と狙っていたとしても、不思議じゃないだろう。婚約したからといって、安心はできないぞ」
無言で眉根を寄せる悟空に、観音はクスリと笑いを漏らした。
「そこで、だ。俺さまがいいことを教えてやろう」
悟空の顔が上がった。
「あれはな、あんなふうにクールに装っちゃいるが、結構、情にもろいし、責任感も強い。だから、さっさと既成事実を作っちまいな。そうすれば、こっちのものだ」
「きせい……じじつ?」
「マジにわかんねぇのか? とんだ箱入りだな。セックス、だよ。セックス」
「セ……っ」
悟空の頬がみるみる赤く染まる。
「一度、ヤっちまえば、あいつのことだ。一生、お前を離さねぇだろうな」
「一生……?」
頬を染めながらも悟空は呟く。
「そうだ。頑張んな」
笑いを堪えるかのような口調で観音がいった。
■ □ ■
そしてその後、突然ではあったが、結納の儀式はつつがなくとりおこなわれた。
普通であれば、ここでめでたしめでたしなのだろうが。
だが。
――手を出すな。
――既成事実を作れ。
それぞれ相手の保護者から真逆のことを言われた二人の前途は、波乱の予感がふんだんに秘められていた。