【パラレル(先生×生徒)】
虫さされ?


2006年8月23日

「や……ダメ……」

 押し殺しているのに、声がやけに大きく響くような気がする。

「は、な……して……」

 取られた腕を振り解こうとしながら、さらに小さい声で囁く。

「どうして?」

 ささやかな抵抗は、あっという間に腕の中に取り込まれたことで封じられ、間近に綺麗な顔が迫る。

「だって、ここ……」

 学校。
 そう言おうとした言葉は、キスで塞がれて、口の中に消える。

「せんせ……ダメ……」

 啄ばむようなキスの合間に囁く。

「先生じゃ、ねぇだろ?」

 囁かれる吐息が熱い。
 イヤなのに。
 誰がくるともわからないところで、こんなことをするのはイヤなのに。
 深くなるキスを止める術を知らない。

 響く水音が外にも漏れているんじゃないだろうか。
 そう考えると、このまま逃げ出したいような気になる。
 でも、それがわかるのか、抱かれた腕はますますきつく体をしめつけ、キスはますます深く執拗になってくる。
 どのくらい、そうしてキスをしていたのだろう。
 最後に軽く甘噛みされて、長いキスからようやく解放された。

「ふっ……」

 息をついて、肩に額を預けた。力の抜けた体も預ける。呼吸を整えようとしていると。

「んっ」

 うなじにキスを落とされた。
 そのまま唇は首筋を辿っていく。
 震えるような感覚に、思わず縋りつこうとして。

「あ、ダメっ」

 急に思い出した。
 先生から身を離したのと、先生が唇を離したのと。
 どっちが早かっただろう。
 ぱっと顔をあげた先に見えた表情で、どっちが先でも遅かったのだとわかった。

「虫さされの薬を塗られたんだ」

 眉間に皺を寄せる先生に、ポケットからハンカチを出して手渡した。

「誰に?」

 口元を拭いながら、先生が聞いてくる。

「保健の先生」
「八戒?」
「うん。今日、体育で怪我をして、たいしたことなかったんだけど、悟浄に――沙先生に、引っ張られてって。そしたら、怪我のほかにそれに気づかれちゃって……」

 それ――首元に残る、赤いアト。

「虫さされですか? って聞かれたから、頷いたんだけど」

 もの凄く、恥ずかしかった。
 顔に出てなかきゃ、いいんだけど。

「チッ」

 と舌打ちの音が聞こえてきた。それから強く抱きしめられる。

「お前、保健室なんかに行くな」
「へ? だって、怪我……」
「そんなものよりもっと酷いことになるぞ」
「えぇ? 怪我がひどくなるの? でも、ちゃんと手当てしてくれたよ?」

 だって保健の先生だ。怪我をひどくするなんて聞いたことない。

「そういう意味じゃねぇよ」

 ますますわかんなくなって、顔をしかめる。

「だいたい、お前、隙ありすぎなんだよ。そもそも河童になんか、簡単について行くな」
「だから、怪我……」

 と言っているのに、途中で先生が大きなため息をついた。

「お仕置き決定だな」

 それからきっぱりとそう宣言された。
 え? 何? お仕置き?

「帰るぞ」

 わけがわかんなくて、わたわたしてたら手を引っ張られた。

「え? ちょっと、待って、先生」
「だから、『先生』じゃねぇだろ?」

 足を止めて、こちらを振り返って先生が言う。
 呼びなれない名前と、その綺麗な顔に、言葉がつまる。

「……さ……んぞ……」

 それでも、どうにか声を振り絞って小さく呟く。
 と、先生が微かに笑みを見せた。
 それは見とれるくらいに綺麗な笑み。

「今夜は寝かさねぇから、覚悟しろよ」

 ぼーっと見ていたら、そんな台詞でいきなり現実に戻された。
 それって、どういう……。
 わけのわからないまま引きずられていく。
 とてつもなく大きな不安を抱えながら。


(memo)
 パラレルにある「先生×生徒」設定で一番最初に書いたお話。まさかSSから表に持っていくことになるとは思ってませんでした(笑)