【原作設定】
朝の風景
2006年9月1日
朝まだき。
人はおろか、鳥さえもまだ眠っているような時間。
ようやく薄明かりが差してきたなかを、あたりを窺いつつ、こぢんまりとした小屋に近づく人影があった。
そっと扉に手をかけて、静かにゆっくりと開けていく。
それから、中で眠っている人間を起こさないように、息を潜めて一歩、二歩と足を踏み出すが。
「きゅっ?!」
戸口近くで寝ていた白い竜――ジープを踏みつけてしまったらしい。
驚いたような声をあげ、ジープがバタバタと宙に舞い上がった。
「わりぃ、わりぃ」
長身をいかし、宙を飛ぶジープをひょいと捕まえて、人影がいう。
「悪かったよ。だが、静かにな。でないと……」
「でないと、なんです?」
足元でした声に、人影――悟浄は、思わず固まる。
「まったく、夜中に抜け出したと思ったら、こんな時間に帰ってきて……」
本日の三蔵一行の宿(?)は、村はずれにある今は使われていない薪小屋。
宿屋などない小さな村だったが、村人の好意で、この小屋を提供してもらい、寝具も運び込んでもらった。
といっても、ザコ寝状態とあまり変わりはない。各自、好きな場所で横になった。
「別にプライベートなことに口を挟む気はありませんけどね」
夕食を差し入れにきた女性の一人と、悟浄がなにやら話していたのには、気づいていた。夜中に抜け出したのにも。
「ですが、あまり勝手な行動はとらないでくださいね。いつ襲われるかわからないのだし。それに、人の睡眠の邪魔はしないように」
「へいへい。すみません……。ったく、こんなとこに、お前が寝てるから」
まだ捕まえたままだったジープを、悟浄は自分の目の前に持ち上げた。
「ジープにあたらないでください」
八戒が手を差し伸べると、ジープは悟浄の手から抜け出して、八戒の方に羽ばたいていった。
と、そのとき。
もぞもぞと動く気配があった。
どうやら、人の話し声に起こされたようだ。
「あ、すみません、三蔵」
起き上がった姿勢のまま、なんだか焦点の合わない目をしている三蔵に、八戒が声をかけた。
だが、答えはない。
低血圧だし、朝弱いし。
完全に起きて、こんな時間に起こされたとわかったら不機嫌になるに決まっているので、二人はそれ以上、声をかけずに成り行きにまかせることにした。
このまま、また寝てしまえば、起きたら覚えていないというパターンになるかも。そう思って。
と、三蔵の表情が、ぼーっとしたものから、ふと何かに気づいたかのようなものにと変わった。それから、探し物でもしているように視線をさまよわせる。
といっても、起きたわけではなさそうだ。
その視線は八戒や悟浄を通り過ぎ、やがて、小屋の奥で眠っている悟空にと辿り着いた。
途端に、表情がふっと柔らかいものになる。
しょーがねぇやつ。
そんな風に思っているんじゃなかろうかというのが、如実にわかる表情。
三蔵は、起き上がるとスタスタと悟空の方に歩いていき、ふわりと悟空を抱き上げた。
「……ん……ぞ?」
半分寝ぼけたような声があがる。
目を閉じたまま、悟空はへにゃと笑うと、三蔵の胸に頬をすり寄せた。
それを見て微かに笑みを浮かべ、三蔵は悟空を抱きかかえたまま、自分が寝ていたところに戻ると、もう一度寝なおした。
腕に悟空を抱えて。
まるで当たり前のように、その腕のなかにおさまる悟空。
これは一体……。
呆然とその光景を見守っていた八戒と悟浄は、ふと夢から覚めたように我に返り、小屋の外へと足音を忍ばせて出て行く。
「八戒さん、あれは……」
「僕に聞かないでください」
養い子に添い寝をしてあげる保護者。
全然そんな風にはみえなかった。
あれはそんなものではなく、甘い、恋人たちの光景。
「あの二人、だから4人部屋のときは離れて寝るんだな」
4人部屋のときに、三蔵と悟空が隣り合って眠ることはない。
それはつまり、近くにいれば無意識のうちにあぁいう体勢になってしまうということで。
あの二人の間には、余人が入る隙間もない。
そんな風に感じたことは、一度や二度ではなかったが。
二人が起きてきたら、一体どんな表情をしたらいいのか。
悟浄と八戒は軽くため息をついた。