【パラレル(ホストもの)】
キス


2006年9月7日


「お帰りなさい」

 もう寝ているかと思ったのに、ドアを開けた途端、そう声をかけられて、三蔵は動きをとめた。

「まだ起きていたのか」

 そう声をかけるが、すでに明かりが落とされている部屋は暗く、ベッドに座っている悟空の影がようやく判別できるほどだ。

「ね、ホントにホストのお仕事やめちゃうの?」

 近づいていくと、唐突にそういわれた。

「いきなりどうした?」
「ん……、もったいないな、って思って」
「もったいない?」
「だって、三蔵、綺麗だから。それに、三蔵を待っている人、たくさんいるでしょ? その人達が可哀想だなって」

 暗闇のなかでは悟空の顔は見えない。淡々と話すその口調からも、その真意は推し量れない。
 が、泣きそうな顔をしているのが、三蔵には見なくてもわかった。
 どうしてそんな表情をしながら、こんなことを言い出すのか。
 軽い、苛立ちにも似た感情が、三蔵の心の中にさざ波のように広がっていく。

「……だったら、何か? お前は、そういう人間に俺が甘い言葉を囁いても平気なのか?」
「だって、それが仕事でしょ?」
「請われれば、寝ても?」

 微かに、悟空の肩が揺れた。

「仕事……なら……。でも」

 手が伸びてきて、三蔵の腕を掴んだ。伸び上がるようにして、悟空は軽く三蔵の唇に自分の唇を触れ合わせた。

「キスはしないで、誰とも」

 腕を掴んでいる手が微かに震えている。

「……お願い」
「馬鹿」

 三蔵は悟空を包み込むように抱きしめた。

「誰かに何か言われたか?」

 息を呑む気配がしたが、悟空は何も答えない。

「ま、いいが」

 三蔵は軽くため息をついた。それから、ほとんど触れ合うほど近くにある悟空の顔をみつめた。

「俺が嫌なんだよ、お前以外にこんなことを言うのも、触れるのも」

 ここまで近づけばいくら暗くても、零れ落ちる涙の跡が見える。
 流れる涙を止めるように、三蔵は悟空の目に、頬に唇を押し当てていった。

「もちろん、キスをするのも」

 それから、悟空の唇を捕らえる。
 最初から深く重なる唇に、悟空は少し驚いたような素振りを見せるが、すぐに体の強張りは溶けていく。
 ゆっくりと、二人の体はベッドにと沈みこむ。

 そして。

 暗闇のなか響くのは、甘やかな吐息だけ――。


(memo)
 5万打アンケートより。「1万打お礼『Warmth』の続き」
 娼婦はキスはしない、情が移るから。ってのをどこかで見たのを思い出して。べつに三蔵は身を売っているわけじゃないですが、なんとなく。