【パラレル(SSオリジナル(飼い主×ペットA))】
ひよこ
2007年4月28日
窓際の、日当たりも風通しも良い場所に座って気持ちよくくつろぎながら、悟空は掌を見て、にこにこしていた。
正確に言えば、掌に乗せているものを見て、だ。
と、部屋の扉が開き、三蔵が姿をあらわした。
「あ、さんぞー」
満面の笑みを浮かべて、悟空が顔をあげる。
すぐそばまで寄ってきた三蔵が、ひょい、と掌に乗っているものをとりあげた。
一瞬、悟空は、きょとんとした表情を浮かべる。
「これは捨てるからな」
だが、そういわれて、大きな金色の目がさらに大きくなった。
「やあっ。やだやだやだっ」
じたじたと足踏みしながら手を伸ばして、三蔵の頭より高く持ち上げたものを取り返そうする。
「捨てるくらいなら食べるーっ」
「食えるわけねぇだろ」
実はそれを恐れていたのだ。
三蔵がとりあげたのは、ちんまりと可愛らしいひよこの姿をしたお菓子。
貰い物で、なにも考えずに食べ物だから、と悟空に与えた。
食いしん坊な悟空にしては珍しくすぐに食べないな、とは思っていた。
なんだか眺めてはにこにこしているのもわかってはいた。
可愛いーといいつつひよこの頭を撫でてるさまは、それ自体が愛らしいものではあったが。
さすがにそれが4、5日続くと、最初に「食べ物だ」と言って渡した手前、心配にもなってくる。
いくら食いしん坊で、丈夫だといっても、それだけずっと外気にさらされ続けていたお菓子を口にするのはどうかと思う。
「腹こわしたら、食いたいものも食えなくなるぞ」
潤み出す目にいい聞かせるようにいって、くるりと背を向けた。
その一瞬。
近くにあったソファを踏み台にして、飛び上がった悟空がぱっと三蔵の手からひよこのお菓子を奪い取った。
それは見事な手並みと言ってもよかったが。
「悟空っ!」
着地をしたところはリビングテーブルで、ひとつのことに気を取られると他に気が回らなくなる悟空は、上に置いてあった灰皿だのリモコンだのを蹴落とし、床におりると雑誌ラックを蹴倒して、とてとてと逃げ出した。
「おいっ」
「やだっ」
悟空は、迫ってくる三蔵の手を避けようとするが、無理に身をよじったせいかバランスを崩して、ドンッとサイドボードにぶつかった。
衝撃でひっくり返った悟空の視界に、サイドボードに置いてあった花瓶が落ちてくるのが映った。
悟空はぎゅっと目をつぶった。
だが、いつまでたっても衝撃は来ない。
恐る恐る目を開けてみると、自分のものではない掌が見えた。
「さんぞ……?」
「動くな」
何が起こったのだろうと、視界を遮る掌を避けて辺りを見ようとすると、そう言われた。
ほどなくして掌はどかされ、体が持ち上げられて、移動させられる。
またサイドボードの方に戻っていく三蔵の足許に、粉々に壊れた花瓶。
そして、それを拾う三蔵の手に。
「三蔵っ!」
驚いて、悟空は三蔵に駆け寄る。三蔵の手の甲が赤くなってるのを見て。
「来るな、と言ってるだろ」
だが、言われて立ちつくす。
ぽろぽろと、大きな目から涙が零れ落ちてきた。
それを見て三蔵はため息をつくと、拾っていた欠片をまた床に置いて、悟空のそばに戻ってきた。
「別になんともねぇよ」
ぎゅうっとしがみついてくるのを、撫でて落ち着かせる。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
泣きながら、悟空は謝る。
手の甲が赤くなっているのは、自分を庇って花瓶にあたったせいだとわかって。
「今回はこれですんだが、家のなかではあんまり暴れるな。思わぬ怪我をすることもあるからな」
言われたことに、こくこくと悟空は頷いた。
ひよこのお菓子は、暴れて怪我させて反省したこととは別、ということで、処分するのにはかなり手間がかかったが、代わりに小さなひよこのぬいぐるみを与えることで、どうにか折り合いがついた。
余談だが、このぬいぐるみは悟空の一番のお気に入りとなり、しばらくはどこに行くにも悟空は持って歩いていた。
そして、その後、悟空が少しはおとなしくなったかというと――まぁ、それは多分に性格的なものあるので、なかなかうまくいかなった、ということだ。