【原作寺院設定】
あったかい


2007年7月10日


「やだ……ゆっ……た……のに」

 目の前にはえぐえぐと泣き声をあげる小猿。
 嵐のような熱情が鎮まればこの惨状で。
 内心、三蔵は途方にくれて、泣きじゃくる悟空をみつめていた。

 こうなることがわかっていながらも、自制することができなかった自分。
 もっと自己を律することのできる人間だと思っていたのに。
 事実、そうやって過ごしてきたのに。
 突然の、思いもかけぬ衝動に、抗うことはできなかった。

 手をのばして、捕まえた。
 怯えて泣くのを無視して、蹂躙した。

 己のものにしたい。

 ただそんな昏い欲望に身をまかせた。
 理性など、あっけないほど簡単に崩れ去った。

「……なんで……?」

 顔をあげ、悟空が問いかけてくる。
 泣いても損なわれることのない、澄んだ金色の瞳。
 三蔵はふっと自嘲じみたため息をもらし、悟空から――その綺麗な瞳から目をそらした。

 と、キシッとベッドが軋む音と、ドスンとなにかが床に落ちる音がした。
 なにか――悟空。

「なにやってんだ、お前。動けねぇくせに」

 思わずそういい、手を差し延べるが。
 パシッと、その手は振り払われた。
 まっすぐに三蔵を見返す金色の目。涙を浮かべながらも、射抜くような強い輝きは消えてはいない。

 強い拒否。

 それは、仕方のないことだと思った。
 このまま、この手からすり抜けていくのだろう。
 もう二度と振り返ることもなく。
 だが。

「嫌いなら……優しくすんな……っ」

 ぽろぽろと涙を流しながらいう言葉に、三蔵は軽く目を見開いた。

「嫌い……?」
「痛いこと……するのは、嫌いだから、だろっ。殴られるのとか蹴られるのなら……平気……っ、だけど」

 悟空の目から新たな涙がこぼれおちる。
 それを見て、初めて後悔のようなものが三蔵の心に押し寄せてきた。
 なにも告げぬまま強いた行為は、なにも知らぬ悟空からしてみれば暴力以外のなにものでもなかったのだろう。

 やだ、やめて。

 その言葉以外にも、なんで? と何度も繰り返していたことに今さらながらに三蔵は気づいた。
 その問いに答えが返ってこないから、本当に暴力だと思った。
 そして、暴力を振るわれるということは嫌われているということ。

 どんな気持ちで受け止めていたのか、と思う。
 それでも、悟空は逃げ出さなかった。

「嫌ってねぇ……逆だ」

 後悔と愛しさと。
 すべてが混ざり合った深い想いは確かに己のなかにあるのに、長年の放浪生活のせいか、もとからできぬのか。
 素直な言葉は三蔵の口からは出てこない。
 代わりのように、悟空を腕の中に引き寄せた。

「逆……?」
「そうだ」

 呟くような心もとない声に力強く答える。

「嫌い、の……逆……? なら、どうして、あんなこと……?」
「そのうちわかる」

 そっと額に唇を押し当てる。
 目が合うと、三蔵の表情からなにか悟ったのか。悟空の頼りなげな表情は、ふわりと笑みに変わった。ことん、と頭を三蔵に胸にあてる。

「三蔵」

 その身をすべて預けるように、悟空の体から力が抜ける。

「あったかい……」

 そして、ほとんど聞き取れぬような小さな呟き声が聞こえてきた。



(memo)
 BlogSSではついていた後ろの部分を、繋がりが悪いんで切ってしまいました。は、走り書きなので(>_<)
 …にしても、やっぱりイタイだけというのはどうかと…(逃っ)