【【原作設定(幻想魔伝)】
新しい世界
2009年6月23日
空には薄雲が広がり、朧の月が柔らかい光を地上に投げかけていた。
静かな夜の薄闇のなかを、悟空はゆっくりと歩いていた。
西へ向かう旅路の途中。
今日は途中で妖怪達が襲ってきたことで町に辿りつくことができず、森のなかでの野宿となった。
いつも通りジープで寝ていたのだが、珍しく夜中に目が覚めた。
屋根の下であろうと野宿であろうと、どんな状況でも「おやすみなさい」をすれば、普通、朝まで起きることはないのだが。
どういうわけだろうか。
今日はまだ夜も深いなか、よく寝たあとのようにすっきりと目が覚めて、もう一度寝直そうにも眠気が襲ってこなかった。
だから少しその辺を散歩してみよう、と思った。
常人であれば、夜に活動する獣もいそうな森のなか、ひとり歩くことなど思いつきもしないだろうが、生憎――というか幸いというか――悟空は常人ではなかった。
危険があれば、すぐにわかる。
というわけで、悟空は周囲に気を配りつつも、のんびりと夜のなかを歩いていた。
そういえばこんな風に目的もなくそぞろ歩きをするのは久しぶりのことだった。
ずっとジープで西を目指しているだし、物見遊山ではないのだから、当たり前のことだ。
久しぶりののんびりとした時間に、なんとなく楽しくなってくる。
ほとんど鼻歌を歌いだしそうな足取りで歩いていくと、不意に目の前が開けた。
あまり感じなかったが、いままで通ってきた道は標高の高いところだったのだろうか、それともその一角が谷のようになっているのだろうか。
歩いていった先は岩棚か崖の先端のようになっていて、足元が急に落ち込み、眼下に深い森が広がっていた。
淡い月明かりだけでは、黒く沈む影が見えるだけだろうが、視力の良い悟空にはそれが森だと分かる。
「すっげぇ、ひろーい」
思わず呟いたところ。
「そうか?」
答えが返ってきた。
驚いて声のした方を見ると。
岩が盛り上がっているところに腰かけている人影が見えた。
「焔」
闇のなか、微かな光を受け、片方の目が金色に光る。
「なんでお前がこんなトコにいるんだよ」
それまでののんびりした雰囲気はどこへやら。
悟空は一瞬で身構えた。
「つれないな、孫悟空。呼びかけに応えてくれたのではないのか?」
「あぁ?」
胡散臭げに眉を寄せ、悟空は焔を見つめる。
「ずっとここから呼んでいた、お前を」
言葉とともに、ふっと焔は消え。
次の瞬間、悟空は手を取られ、焔の懐近くに抱き寄せられていた。
「綺麗だな、その金色の瞳」
ほとんど唇が触れそうなほど近くで、焔が悟空の瞳を覗き込むようにして言う。
「お前の持つ闇。孤独。すべてを理解できるのは俺しかいない。わかるだろ?」
まるで睦言を囁いてでもいるかのような、ほとんど甘いといっていいような低い声。
悟空の瞳が微かに見開かれた。
言葉の内容が嘘でないことは知っている。
同じ金色の瞳――。
たぶん焔は悟空に一番近しい―――――。
だが。
パシン、と掴まれた手をはたき、悟空は焔の腕のなかから抜け出す。
「意味ねぇよ、そんなこと」
強く輝く金色の瞳はまっすぐに焔を射抜く。
「傷を舐め合って、それでなにが生まれるっていうんだ?」
「……金蝉とともにいれば、なにかが生まれるとでもいうのか?」
その言葉に悟空は綺麗な笑みを浮かべた。
「未来が」
誇らしげに頭をあげる。
「三蔵は俺に外の世界をくれた。あらゆる可能性をくれた。痛みも孤独も、いつかの未来で癒されることを教えてくれた。だから、三蔵がいい」
「そうか」
ふっ、と焔は不敵な笑みを浮かべる。
「では俺も新しい世界をお前に贈るとしよう」
ふわり、と掻き消えるように焔の姿が消える。
「楽しみにしているといい」
そんな言葉を残して。
あたりはまた静寂に包まれる。
ふぅ、と悟空は息を吐き出した。
新しい世界など、三蔵がいなければなんの意味もないというのに。
悟空は眼下に広がる森を見つめ、それから踵を返した。
三蔵のもとへと帰っていく。
戻る場所はそこしかないのだから――。