【パラレル(娼館設定)】
十五夜


2009年10月6日


「雨、降ってきちゃったね」

窓から見上げる暗い空はどんよりと曇り、細かい雨が落ちてきた。
雨が苦手な人のために、悟空は立ち上がって、格子をおろそうとするが。

「いい」

短い言葉とともに、腕を掴まれて引き寄せられる。

「ここにいろ」

柔らかく抱きしめられ、唇が重なる。
そっと、だた触れるだけのキスが繰り返される。

それは悟空の知らなかったキス。

こんなにも優しいものがあるなんて。
これはすごく好き。

だけど――。

「どうした?」

そっと目のうえに唇が落ちてくる。

「……なんでもない」

身を委ねながら悟空は呟く。

「なんでもないっていう顔じゃねぇぞ?」

ゆっくりと髪を指に絡ませるように撫でられる。

穏やかで優しい時間。
そんなのも、知らなかった。

「よくわからないんだ。なんでだかすごく悲しい、って思うときがある……」

そこまで言って、悟空ははっと口をつぐむ。

ここでは『自分』でいてはいけない。
そういう感情的なことは言ってはいけない。

「違う。あなたのことが嫌だとかそういうわけじゃ――」
「知ってる」

落ち着かせようとするかのように、背中が軽く叩かれる。

顔をあげると、紫の目と目があった。
滅多にない、綺麗な色合いの瞳。この綺麗な顔にとても合う――。

と、その瞳がどんどんと近づいてきて。
今度はもう少し深いキスをされる。

絡める舌に翻弄されて、体の芯から甘く溶けてしまいそうになるキス。
こんなのも知らない。

他となにが違うというわけでもないのに。
でも、なにもかもが違う――。

「今日、ここにきても良かったの?」
「あ?」

もう一度、腕のなかに身を委ねて、柔らかく髪を撫でられるのを心地よく思いながら囁いた言葉に、訝しげな答えが返ってくる。

「どこかで観月の宴とかあったんじゃないの?」

今夜は十五夜。中秋の名月。
あいにくの天気で月は見えないが、それでも宴はするだろう。

「……一度なら我慢してやってもいいがな」

一般的に観月の宴は二回開かれる。今日――十五夜と十三夜と。

「だから今月末にまた来るぞ。他の客の予約を入れるなよ?」
「え?」
「ここでも片見の月は嫌がられるんだろ?」

悟空は驚いて顔をあげる。

確かにここでもそういう風習がある。
だから十五夜には大事な客を呼ぶ。――もう一度、来させるために。
でも。

「あなたがそんなの、知ってると思わなかった」
「女将に聞いた」

あっさりと謎は解ける。

「お前は売れっ妓だから、それをするのは大変だと言われたぞ」
「……ごめん」

ここぞとばかりに法外な値をふっかけたのではないか、と思う。

「なにを謝る?」
「だって……」
「それよりもちゃんと覚えておけよ。今月末だ」
「……約……束?」
「そうだな」

ふわり、と悟空は笑う。

「変なヤツだな。それが嬉しいのか」
「だって、いつもいつ会えるか、わからない」

いつもふらり、と来る人だから。

「そうか」

と、もっと近くにと抱き寄せられた。

「では、約束だ。今月末、な」
「うん」

ひどく幸せな気持ちになって、悟空は目を閉じた。


(memo)
 2009年の「中秋の名月(十五夜)」は10月3日で「十三夜」は10月30日でした。
 このお話はそれに合わせて書いてありますので「今月末」と言っていますが、同じ月にある方が珍しいかと思います。